『関西演劇祭2023』のフェスティバルディレクターを務める板尾創路が、人気漫画家とクリエイティブについて話し合う対談「板尾と漫画家」。今回の対談相手は、大学在学中に描いた漫画で賞を受賞し、衝撃の最新作『サターンリターン』が完結したばかりの漫画家・鳥飼茜。

「芸人・役者」と「漫画家」というジャンルは違えど同じ表現者としての悩み、映像化する際に「監督」と「原作者」という異なる立場から作品をどう見ているかなど、二人の対談ではどのような話が出てくるのだろうか?

▲「板尾と漫画家」第一回-鳥飼茜(後編)-

漫画描くのめっちゃ嫌いなんです(笑)

鳥飼 今回の対談が決まってから『板尾創路の脱獄王』を見させていただいて、すごく面白いなと思ったんです。あの作品を見て、板尾さんはたぶん、私が最初に持っていた「男社会のドン」みたいなイメージよりも、ねじれているところにいるのかもしれないと気づいて。

板尾 ありがとうございます。男社会のドン…(笑)。

鳥飼 それは私の勝手なイメージなんですけど(笑)。「面白いヤツこそ最強」という、ある意味シンプルな上下関係の世界にいらっしゃるって思ってたから、私とは交わらないところにいると思ってたんです。

でも、『板尾創路の脱獄王』を見て、いま活躍されている人もみんな、“上下”以外の複雑でねじれているものを持ち合わせつつ、そこに一般に対するウケをかけ合わせているのかな、と気づいたんです。この作品は、板尾さんの癖とか、個性みたいなものがよく出ているような気がして。

板尾 (うなずきながら、話を聞く)

鳥飼 自分が面白いと思うことを、そのまま表現しても大勢の人に受け入れられない場合、その世界で残ろうと思ったら、自分にとって余計なものを足したうえで、世間にとって余計なものを削ぎ落とすために“ざるの目”を細かくして……そういう作業が必要になるじゃないですか。

次の作品を描く気になれない原因の一つでもあるんですけど、私はそれがうまくできなくて……。自分らしさみたいなものと、大勢の人に受けるものの差をどう埋めるのか、いまだにわからないんです。

板尾 わかります。こだわるとそうなりますよね。僕も若い頃は自分が一番面白いと思っていたし、自分の好きなことしかやらなかった。でも、別に年齢だけではないけど、やっぱり長く生きていると“あの頃はまだ若かったな”と思うし、年齢を重ねると自分一人では生きていけないことを実感してくるんですよね。

漫画の世界も、テレビや芸人の世界も、見てもらってなんぼのエンターテイメントじゃないですか。売れないより売れたほうがいいし、喜んでもらえるほうがいいわけで。そういうことに気づきだすと、楽しんでもらえるように作らないといけないな、お金もらってるしな、という気持ちになるんですよね。たぶん俺、この仕事してへんかったら、ろくでもない人間やと思うし(笑)。

感謝の気持ちが出てくると、お客さんだけじゃなくて、スタッフとか会社とか、事務所とか、そういう人たちまで幸せにしないといけないなって思うようになりました。みんなが幸せになるには、どうしたらいいかなって考えるようになると、人の話もちゃんと聞けるようになるし、求められるのもわかってくる。気の持ちようがだんだん変わってきますね。

鳥飼 私もこれまで、おこがましくも、みんなを助けたい、困っている人を救ってあげたいと思って、ずっとやってきたんです。でも時代が進んで、最近は「自分はもっと困っているんです」という人がどんどん可視化されるようになった。私は以前、家父長制度や性的非対称において「女」の立場が弱いと感じて、それを漫画で描くことで「救われました」と言ってくれる方がいたし、お客さんもついてきてくれてました。

でも、何を作っても、あらゆる視点で見たときには「この表現に傷ついています」とか「こういう表現をされるということは、実はこんなことを考えてたんですね」とか「鳥飼さんのこと信用していたのに」っていう欠陥がどんどん出てくるかもしれないって恐怖があって。

今、自分が連載が終わったばかりで、無職だから余計にそういう情報が入ってくるだけなのかもしれませんが、これからは誰かの我慢のうえに成立する表現は極力なくさないといけなくて、自分の漫画でそれが可能なのか、どう対応していけばいいのか、向き合い方がわからなくなってしまって……。

▲今年の2月に『サターンリターン』の最終巻が発売された

板尾 鳥飼さんはすごく真面目ですね。でも、やっぱり僕もそんな大したことはできないですし、知識もないし、心も広くないし、できた人間でもない。やっぱり、何にでも限界ってあるんですよ。

鳥飼 たしかに、そうですよね。 

板尾 だから今はもう、自分にできないことはしなくていい、自分にできることだけ一生懸命やればいいかなっていうところに落ち着いているかな。

鳥飼 なるほど。Twitterとか見てると、いろいろな情報とか意見が飛び交っていて、それを取り込んじゃうから、自分の意見なのかもわからなくなってしまう。前はそんなことあんまり考えなかったのに……。

――呑気な感想で申し訳ないのですが、ファンとしては鳥飼さんが、世の中の流れや、多様性、性差に関して深く考えていることをこの場で改めて知れてうれしかったです。漫画の制作作業についてお聞きしたいのですが、鳥飼さんが漫画を制作されているときに楽しいな、と思う瞬間はいつですか?

鳥飼 私、漫画を描くのはめっちゃ嫌いなんです(笑)、嫌いというか、早く終わりたい。毎回締め切りがあって、やっと1話を描き終わる、その瞬間だけが楽しくてやっているんで。靴紐をぎゅっと縛ったら痛いじゃないですか。でも、それを脱いだら気持ちいい。脱いだら気持ちいいから靴を履いているみたいな感覚でした。