コロナ禍で人流が減り、運賃を値上げしたり、運行時刻を変更したりなど、私たちが日常生活で利用する鉄道会社は変革を迫られた。公共交通機関として巨額のコストを負担しながら、利益を獲得すために鉄道会社はどのような戦略を導き出したのだろうか? 鉄道ビジネス研究会が解説します。

※本記事は、鉄道ビジネス研究会:著『ダイヤ改正から読み解く鉄道会社の苦悩』(ワニブックスPLUS新書:刊)より一部を抜粋編集したものです。

もともと強い不動産業で展開していく鉄道会社

2022年3月期の決算の傾向として、JR旅客各社や大手私鉄は軒並み不動産事業の調子がよい。JRは5社が鉄道事業の収益減で苦戦するなか、不動産事業では利益を出している(JR四国は本格的なマンション販売開始による営業費増でわずかに赤字)。

鉄道会社の関連事業の多くは、小売り(流通)、不動産、ホテルに分類されるが、ほかは赤字を出しながら、不動産は黒字という状況だ。

JR九州は、かねてよりマンション販売に強みをもち、建設も請け負う。沿線で事業主としてマンション建設を企画、販売を進めるが、九州のみならず大阪などでもマンションを分譲している。2021年度は大阪メトロ堺筋本町駅直結の37階建てタワーマンション(MJR堺筋本町タワー)を売り出し、沿線をテリトリーとする鉄道会社のマンション販売と一線を画す。

▲MJR堺筋本町タワー 写真:ぽすと君 / PIXTA

JR東日本は不動産事業において「回転型ビジネスモデル」を開始した。ここでいう回転型ビジネスモデルとは、自社で開発・保有している物件をファンドへ売却(流動化)し、獲得資金を成長分野へ拡大再投資すること。資金効率を向上させることで同社の鉄道以外の事業(生活サービス事業)のさらなる成長を加速させる。

JR東日本は2021年4月、JR東日本不動産投資顧問株式会社を新たに設立しており、今後、不動産投資運用事業を強めていく。同社はJR東日本沿線を中心に不動産投資を行うファンドを組成し、運用していく会社で、JRグループにおいて回転型ビジネスモデルを確固たるものにしていく役割を担う。

2021年にJR南新宿ビルが売却されたという報道があり、コロナ禍で不足した資金の調達のためだと思った人もいるだろうが、さらに先を行く展開であった。

JR東日本は、2022年3月期決算で「ポストコロナ社会における人々の行動や価値観の変容は、当社グループを取り巻く経営環境を大きくかつ急速に変化させ、鉄道をご利用になるお客さまは以前の水準には戻らないと考えています」と述べている。

この旨の発言は他社も同様にしているが、鉄道会社が自らが「乗客はもうかつてのようには戻らない」と口にするのは、なかなか勇気がいることではないだろうか。その発言のためらいのなさに、ポストコロナに向けての覚悟が見てとれる。

1世紀も前から大手私鉄は、線路を敷き、駅をつくり、そこに集まる人のためにマンションや商業施設をつくり、結果さらに人が集まり鉄道を利用することで利益を得るというビジネスモデルを続けてきた。

このビジネスモデルは阪急電鉄の創業者・小林一三がつくり上げたものだが、彼が目指したのは、便利で環境のよい住居で暮らし、買い物やレジャーを楽しんだりして、ゆとりある生活を送る――そうした理想のライフスタイルの創造であった。

ポストコロナにおける新たな“理想のライフスタイル”を実現するために街をつくり、人々の暮らしをつくることが鉄道会社の役目だと考えると、鉄道の乗客数を戻すことが主たる使命ではないだろう。

各社、不動産業で勢いを取り戻すことは、沿線の人々の暮らしをつくるという点では果たすべき役目に沿っていると言える。

たとえば、東急電鉄は2023年4月に東急歌舞伎町タワーを開業した。地上48階、地下5階建てとなるこのビルには、エンタテイメント要素がふんだんにつめこまれ、「好きを極める場を創出」をコンセプトに掲げている。各社ともにポストコロナに向けて新たな事業を進めながら、利益の挽回が期待される。

▲東急歌舞伎町タワー 写真:yama1221 / PIXTA

人口減少という鉄道会社が抱える根本的な問題

街は鉄道とともにつくられ、発展してきた。その街に住む人々が普通に生活を続けていくことで、鉄道会社は利益を得てきた。

朝起きて、駅の改札を通り列車に乗って、会社や学校へ向かう。仕事や勉強が終われば、再び駅に向かい列車に乗って家路につく。そういう普通の生活を滞りなく続けていく役割を鉄道会社は担っていたのだ。

その“普通”の生活が一変した。ここ数年で、会社や学校へ向かう機会が奪われたのだ。

今から約55年前の国鉄時代、「役目を終えた」と名指しされ廃止に追い込まれた路線が83線あるが、次に「役目を終えた」と言われるのは“鉄道そのもの”になるのでは、という不安さえ漂うような、そんな閑散とした街の雰囲気が続いた。

しかし、やがて駅はにぎわいを見せるようになる。駅のにぎわいは街の活気に変わっていく。それでも、高確率で座って帰宅できる状況に対して、いつまで経っても「今日は空いているな」と独り言をつぶやいてしまう。

巨大な交通インフラを担う様子からあまりイメージできないが、鉄道は日銭商売である。乗車するときは切符を買い、日々、会社や学校に通うための定期券は前払いである。日銭商売は手堅いといわれるが、それは普通の生活が続いてこそである。

投資の世界において鉄道会社の株は“安定銘柄”と言われていたが、経済のプロたちも堅実な企業と認識していた。

鉄道が抱える根本的な問題は人口減少である。その問題が一足早く顕在化したのだ。

今は、次に来たる時代の変わり目に、私たちが自由に行きたいどこかへ行くために、備えるべき準備のときなのである。