ソ連から帰国したリー・ハーベイ・オズワルドが、「たった一人」で、ケネディ大統領をライフル銃で射殺したとする「ウォーレン委員会報告書」には、発表当初から数多くの疑問符がつけられていた。社会派・サスペンス映画に詳しい映画評論家・瀬戸川宗太氏が、映画『JFK』とドキュメンタリー番組『解禁!JFK暗殺事件の未公開ファイル』を紹介します。

※本記事は、瀬戸川宗太:著『JFK暗殺60年 -機密文書と映像・映画で解く真相-』(ワニブックス:刊)より一部を抜粋編集したものです。

オリヴァー・ストーンの『JFK』公開の意義

ケネディ暗殺の機密文書は、2017年10月に公開された。この公開の発端となったのが、映画『JFK』の世界的な大ヒットであったのを忘れてはならない。

▲『JFK』(ウォルト・ディズニー・ジャパン)

映画に描かれた軍産複合体説が、1964年に出された政府の公式見解、すなわちソ連から帰国したリー・ハーベイ・オズワルドが一人で大統領を殺害したという「ウォーレン委員会報告」のいかがわしさを暴露し、長年にわたり同報告書に疑念を抱き続けてきたアメリカ世論を頂点にまで引き上げた。

そんな世論の高まりによって、映画が公開された翌年には法律「JFK大統領暗殺記録収集法」が制定されている。その結果、同法に基づき24年後にあたる2017年10月26日に、JFK暗殺に関わる非公開文書2891件が公表された。

オリヴァー・ストーン作品に限らず、ほかのケネディ暗殺映画『ダラスの熱い日』(1973)などで描かれた陰謀論を含め、過去に主張された有力な大統領暗殺説(CIA説、マフィア説など)は、今から見れば多くの誤りがあったが、これらの陰謀論はウォーレン委員会のオズワルド単独犯説に疑問を投げかけたことで、暗殺論争史上で積極的な意義をもっている。

ウォーレン委員会が主張するようにオズワルドがたった一人で、ケネディ大統領をライフル銃で射殺したという筋書きは、同報告書が出た1964年の段階でも、数多くの疑問符がついていた。

ソ連から帰国した精神的に不安定な元アメリカ海兵隊員が、一人で合衆国大統領を殺害したという主張には、どう考えても無理があり、世論のなかで疑問がまだ高まっていなかった頃でさえ、同報告書を鵜呑みにした人は、それほど多くなかった。

元CIA局員ロバート・ベアの見解は、公開された膨大な機密文書の分析を基に、貴重なインタビューや取材による新証拠を加えた科学的かつ実証的なケネディ暗殺論である。興味深いのはベアの主張する新説が、映画『JFK』の結論と異なりながら、同作品に描かれた暗殺研究の延長線上に位置していることだ。

映画『JFK』で、ドナルド・サザランド演じる謎の男X大佐が、ジム・ギャリソン検事にいうセリフは、そのままロバート・ベアに対し向けられている。「君はかなり真実に接近している」と。

ところで、ケネディ暗殺の真相探求は、現状の研究成果から出発するのは当然だが、過去の研究や学説を精査して継承するのも大切である。古い見解だからと、それらをご破算にしてはならない。ある時代に力を持ち多数の支持を得た学説は、それなりの正当性と成立根拠を持っているからだ。

『JFK』の世界的な大ヒットが、機密文書公開への道を大きく開いた事実こそ、オリヴァー・ストーンが映画のなかで論証した軍産複合体説を、捏造呼ばわりした人々への痛烈な反論といえよう。描かれた場面には誤りも当然あったが、同時に民主党ジョンソン政権の隠蔽した重大な出来事や、記録に関する数多くの斬新な映像が含まれていた。

例えば、ケネディ暗殺計画に深い関わりがある反カストロの活動家デヴィッド・フェリー(ジョー・ペシ)が、自宅で謎の死を遂げた日、降りしきる雨のなかでジム・ギャリソンの部下ビル(マイケル・ルーカー)が、知り合いのFBI局員に、捜査から手を引くように警告を受けるシーン。

ものすごい形相でビルに詰め寄るFBI局員が「オズワルドの背後にはカストロがいた。それがバレたら戦争だ。何百万も死ぬ重大な結果になる」というセリフに代表される観点は、当時のFBI捜査官たちだけでなく、ウォーレン連邦最高裁首席判事の思考をも支配していた。

軍産複合体説をはじめ、軍部、CIA、FBI、シークレットサービス、ダラス警察など、なんらかの国家機関が暗殺に関与していたと見なす考えが、長年にわたってアメリカ国民に根強い支持を得たのは、ソ連との核戦争を避けるために、合衆国政府が真相のもみ消しを図ったせいだ。実際、FBI長官フーバーは、オズワルド一人の犯行によって全てを終わらせるよう、全国のFBI組織へ指示を徹底させていた。それはなぜか? 

ソ連・キューバが暗殺に関わっていたのを、フーバー自身がいち早く気づいたからではないか。合衆国の情報・捜査機関、そしてウォーレン委員会の不自然な行動のほとんどは、核戦争を回避するという側面から説明がつく。もちろん、オリヴァー・ストーン監督の見解も作品のなかできちんと描いている。

しかし映画は、監督自身のベトナム戦争従軍時代の過酷な体験から、ケネディ大統領のベトナム軍事介入政策の転換、米軍の撤退問題に焦点を絞り、暗殺追及の矛先を、戦争継続により莫大な利益を得ている軍産複合体とみなす方向へと突き進んでしまった。

また映画原作の著者ジム・ギャリソン検事が、FBIの捜査妨害を繰り返し受け、政府への不信感を強めたのも国家機関の関与説に正当性を与えた。つまり、軍産複合体説に根拠をもたらしたのは、なによりも政府側の暗殺捜査に対する姿勢なのだ。

なにしろ、オズワルドをサポートしていた亡命キューバ人グループは、CIAの援助を受けていたわけだから、ストーン監督やギャリソン検事が、CIAの不可解な対応に疑念を抱き、調査を進めていくうちに、軍産複合体を真犯人であると思い込んだのも、やむを得ない状況だった。