大事な話をするときはカレー屋に行かない
――右近さんはカレーを食べるとき、目の前のお皿にかなり集中されるそうですね。
右近:同時にいろんなことをできるタイプじゃなくて、一つひとつ集中しないとできないタイプなんですよ。だから、大事な話をするときにカレー屋には行かないです。話に集中できないので。
食べるのを中断するのはすごくイヤなので、楽屋でカレーを食べてるときに「ちょっといいですか?」と呼ばれると、少しガッカリしちゃうんです(笑)。だから「すぐ行きます」って返事だけして、ちゃんと食べ終わってから行きます。
――歌舞伎に取り組んでいるときも、ほかのことには手を付けないですか?
右近:確実にそうですね。映像を見てるときや何か読んでるときに話しかけられても、生返事しかできないので、何を言われたか覚えてないんですよ。だから、あのとき言ったじゃん! みたいなになることがよくあります(笑)。
――ものすごい集中力ですね。
右近:だけど、伝統芸能の世界では「離見の見」という、“舞台で自分が一生懸命やってる姿を、客席から見ているもうひとりの自分がいる”という意味の言葉があって、これを大事にしないと良い表現はできない、そう子どもの頃から教えられてきました。だから、どんなに夢中になっていても、客席からどう見えてるか? というのは冷静に考えるようにしています。
それでも公演が始まって3日間ぐらいは、そんなことを考える余裕がなかったりするんですけど。千穐楽の頃には、自分に何が足りてないのかを客観的に見られる状態になります。
――カレーに対しての熱量から、右近さんは何かにハマったら、とことん極めていく性格なのかなと感じました。
右近:そうですね。歌舞伎に対しては、“あえて飽きよう”と思ったりします。恋愛でも振り向いてもらうためにずっと何かをするより、もう興味ないよっていう素振り見せたほうがいいときってあるじゃないですか。それと一緒です。
――なるほど、恋愛に例えられるとわかりやすい。それでは、右近さんは歌舞伎に対しての思いがブレたことは今まで一度もない、と。
右近:ありますよ。高校1年生のときにザ・彼女ができて(笑)。本当に好きだったので、ひたすら彼女のことを考えて生活してたんですよ。毎日一緒に過ごしていたから、そのときは少し歌舞伎から離れてしまったんです。
――どのように気持ちを取り戻したんですか?
右近:ある日、ふと、“このままだとやばいかも”と思って『浅草歌舞伎』を見に行ったんです。当時は、中村獅童さんなど、諸先輩方がお出になってるときだったんですけど、もう夢中で見てしまいました。そこで、“あー危ない! 忘れちゃうところだった!”って思い出したんです。
自主公演をやって気づいたこと
――カレーを好きになったきっかけは、歌舞伎役者にとって都合の良い食事だったからだそうですが、右近さんにとって歌舞伎は人生の軸となっているのでしょうか。
右近:自分がなんで生きてるんだろうって考えると、それは歌舞伎があるからだと思ったんです。歌舞伎がなかったらなんにもこだわりはないし、自分を止めるものもないんです。だから、生きるうえでの軸は歌舞伎です。そういうものがあることは、自分にとってすごく幸せなんですけど、徐々にこの気持ちを自分だけで大事にするんじゃなくて、人のワクワクにもつなげたいと思うようになりました。
――そう思うきっかけは?
右近:23歳の頃に初めて自主公演をやったんですけど、それが大きかったです。自主公演はみんなに協力してもらうけど、結局は自分がやりたいこと追求する公演なんです。だからこそ、ちゃんと関わってくれた人に感謝しなきゃダメだと思いました。まわりの人にも矢印を向けることで、歌舞伎にもお返しできると思うので。
――ちなみに、自主公演を開催しようと思ったのは?
右近:いろいろ理由はあるんですけど、一番は『春興鏡獅子』がどうしてもやりたかったからです。曾祖父がこの演目をやっている映像を見て歌舞伎を始めたくらい、僕には思い入れのある役なんです。
だけど、若手のうちにできる役ではないし、かといって体で習得するものでもあるから、早くやりたいっていう気持ちがあって。これをやりたいんだとアピールするためにも、自主公演を始めました。
――それによって、さまざまなものを得ることができたんですね。
右近:僕は拍手を浴びることで、開催までのいろいろな苦労が浄化されるけど、スタッフさんや関わってくれた人たちは、直でお客さんの拍手を浴びることはないんです。じゃあ、何によって報われるんだろうと思ったとき、僕がちゃんと感謝をすること、みんなの思いをちゃんと受け止めて走り抜くことだと思ったんです。自主公演をやっていなかったら、きっと今と全然違う自分だったと思うし、歌舞伎だけじゃなく人生にも関わってきてると思います。
――では、読者の方へメッセージをお願いします。
右近:カレーも歌舞伎も好きになってもらえて、自分にも興味持ってもらえるきっかけになる本になったと思います。正直、自分の好きなことしか話してないんですけど、ぜひ皆さんに読んでいただきたいです。
(取材:梅山 織愛)