グラビア界に突如として現れたニューフェイス・三田悠貴。2023年3月にグラビアデビューを果たすと瞬く間に人気になり、グラビア雑誌の誌面を飾るようになった。ニュースクランチでは、そんな彼女にインタビューを敢行。グラビアアイドルになるまでの経緯や所属する株式会社リップで目標にしている先輩、今後の目標などを聞いた。

▲三田悠貴【WANI BOOKS-“NewsCrunch”-Interview】

母からの言葉で岐阜県から上京を決意

テレビやYouTube、SNSでみせる天真爛漫な姿が印象的な三田悠貴。しかし、グラビアでは妖艶な表情でドキッとさせてくれる。そんな彼女に学生時代のことから振り返ってもらった。

「生まれは岐阜県です。“ド”がつくほどの田舎で育ちました。山のなかに学校があって、全校生徒を合わせても100人いないくらい。だから、全員の顔と名前がわかるし、みんな仲良くて。そんな環境で育ったから、今でも“地元愛”は人一倍強いと思います。

性格は明るくてアグレッシブになんでも挑戦していました。大きい声を出すのがすごく好きで、体育祭の応援団長を務めたこともあります。人を引っ張っていくこと、頼られることにやりがいを感じるタイプで生徒会長もやりました。体育祭では“よっしゃ! みんなでいこうぜ!”みたいな感じのテンションで参加していました(笑)」

大好きな地元で過ごした学生時代のことを教えてくれた。そんな彼女は大学を卒業後、一度就職をしている。上京をするまでの経緯を聞いた。

「美容が大好きだったので、大学卒業後に美容関係のお仕事につきました。2年くらいみっちりとお仕事に向き合って、役職をいただけるまでになりました。そんなとき、ふと“自分のやりたいことってなんだろう?”って考えたんです。それで一番に思いついたのがグラビアでした。

私の周りでは、上京する人はほぼいなくて。友人たちからは“頑張ってきなよ!”って温かい言葉をもらいました。どれもうれしかったのですが、もらった言葉で一番心に残っているのは、母の“自分のやりたいことがあるなら今すぐ行きなさい”です。

これは私が“グラビア活動をしたいんだよね”って、母に伝えたときにかけられた言葉で、それを聞いたときに決心しました。自分のことより、周りの人のことを常に気にかけている母は、とてもステキだなって思います」

▲母の言葉を胸に上京を決意したと語る三田悠貴

彼女と話していると、天真爛漫でコミュニケーションがうまい。そんなことを伝えると、こんな言葉が返ってきた。

「てんしん?……らんまん?っていう言葉の意味はちょっと理解できていないんですけど、私はポジティブな性格だと自分では思っていて。あんまり弱いところを見せることがないんです。

でも、昨年の終わりに初めてマネージャーさんに弱音をはいてしまったんです。11月にファンクラブを開設したのですが、最初の頃はなかなか軌道に乗らなくて……。涙がポロポロこぼれ落ちてきて、すぐにマネージャーさんに電話しました。優しく聞いてくださって、現状に対するアドバイスをいただいたおかげで気持ちを落ち着かせることができました。

私は自分で考えるよりも、他の人から話してもらうアイデアのほうが動きやすいんです。周りの方々の支えのおかげで、今ではファンクラブの会員数もウナギ登り!って感じです(笑)」

つらいことがあって挫けそうになりながらも、周りの手を借りながら一歩ずつ前進する力があるから、デビュー後すぐに人気を集めているのだろう。共演者たちからの言葉で印象に残っていることを聞いてみた。

「“三田ちゃんは、思ったことをそのまま口にするよね”って言われることが多いです(苦笑)。考えすぎると話せなくなっちゃうタイプなんですよ。一応、ある程度は考えているんですけど、“まぁいいっしょ!”って感じで口に出しています。面白い!って言ってくださる方もいますが、自分では理解できていないんです。

インタビューを始めてから、ふと感じたことがある。それは、彼女のワードチョイスは独特……ひと言でいうと“変” なのだ。

「よく言われます(笑)。私も自分の脳がどうやってそのワードをチョイスしているのかわかりません……。ただ、“こんな感じのニュアンスでしょ?”と思って話してますね」