師匠・諏訪魔の凄みを再確認

全日本のアイコンとも言うべき宮原、危険な実力者・鈴木を突破した安齊の前に立ちはだかったのは三冠戴冠8度の記録を持ち、全日本にスカウトしてくれた諏訪魔だ。

タイトルマッチの舞台は7月13日のエディオンアリーナ大阪。今年でデビュー20周年、11月に48歳になる諏訪魔は「三冠に挑戦するのは今回が最後。もし安齊に負けたらもう俺が三冠戦のリングに上がることはない」という不退転の覚悟で挑戦。それだけに攻撃は凄まじかった。

諏訪魔は「チャンピオンなんだろ?」と重いラリアット、ダブルチョップを連発し、何と脳天からキャンバスに突き刺すバックドロップ3連発! そうした大技を安齊は真正面から受け止めた。

「諏訪魔さんは昔からプロレス界全体を見ても随一の破壊力を持ってるし、レスリングの実績も僕と比べ物にならないぐらい凄い。年齢を重ねて、確かに体力とかは落ちてきていると思うんですけど、それでもまだあの破壊力があって、どれを食らっても一発で終わってしまうような技を食らって、改めて“凄い人だな!”って思いましたね。

諏訪魔さんは『老害とは思われたくないから』っていう理由もあって最後の三冠挑戦みたいな発言をしてましたけど、実際にリングで相対した僕もそうだし、この人の今のプロレスを観て老害だと思う人はいないだろっていうのが率直な感想です。

普段から『相手のすべてを受け止めた上で勝つのが一番かっこいいプロレスラーだ』というのが僕の中にあるんですけど、特に諏訪魔さんに対してはちょこまかした試合で勝っても違うだろうっていう思いがあって『とにかく何を食らっても肩を上げてやる!』っていう試合になりました」

▲大ベテラン・諏訪魔の破壊力を改めて実感した

そして最後は諏訪魔の必殺技バックドロップを逆に決めて逆転勝利。バックドロップはジャンボ鶴田、諏訪魔に受け継がれてきた全日本のエースが使う必殺技。それを安齊が継承したのである。

「諏訪魔さんが『三冠に挑戦するのは最後』と言ってて、僕的には悲しい気持ちもあったんです。僕がまだまだ上に行くために、強くなるために、諏訪魔さんには立ちはだかってほしいっていう。だから、そんな発言をするんだったら『俺がバックドロップで目を覚まさせてやる!』っていうのがありましたし、あのタイミングで出たのは試合中の咄嗟にというか…。

僕のプロレスはまだ完成されていなくて、枠組みがやっとできたぐらいだと思ってるんですよ。他の人は引き出しがいっぱいあって、それを自分で理解して100%になっていると思うんですけど、僕は引き出しに何が入っているかもわからない状態で、その中から出たんじゃないかなという思いもあります」

盟友・本田と体現した“全日本の現在”

三冠王者に休息はない。今度は新世代ユニットELPIDAの盟友で高校のレスリング時代からの知り合いでもある同い年の本田竜輝が挑戦表明してきた。諏訪魔との三冠戦の前には世界タッグ王座を防衛した斉藤レイが「俺の地元・仙台(8月3日)で三冠に挑戦させろ」と名乗りを上げている。これが頂点に立つ者の現実なのだ。本田とのタイトルマッチは諏訪魔戦からわずか1週間後の7月20日、後楽園ホールで組まれた。

「諏訪魔さんとの防衛戦の前に斉藤レイ選手が仙台で挑戦させろと言ってて、諏訪魔さん相手に防衛したあとに『じゃあ、次は仙台か』と思っていたら、なぜか本田が現れて20日の後楽園ホールで挑戦させろと言ってきて(苦笑)。

僕は大一番の前には1回気持ちを盛り上げて好きなことやって、1週間ぐらい前から凄くネガティブになって、で、そこから『やってやるよ!』って吹っ切れて試合に臨むんですよ。その期間すらない1週間後の三冠戦ですから、厳しかったですね」

4度目の防衛戦は25歳2ヵ月の王者と24歳5ヵ月の挑戦者による“全日本の今”を知らしめる戦い。若い2人は気持ちと技術を真っ向からぶつけ合い、最後は安齊がギムレットで競り勝って「全日本の未来なんかじゃねぇぞ。俺たちが全日本の今なんだ!」と叫んだ。

「僕の中ではホントにすべてを出し切った。本田相手だとキャリアは違えど同じ年齢で、同じユニットだし、タッグも組んでるし、ホントに一番近くで比較される相手だと思うんで、いつも以上に負けたくないという思いがあったし、今まで先輩たちがやってきた三冠戦と比べられると思ったんですよ。

お互い口には出してないけど、絶対に本田も思っていたはずなんですよ。やっぱり若い2人の三冠戦と今まで十何年やってきた人の三冠戦とでは感じるものが違うと思いますし、それで『安齊、防衛したけど、何かなあ……』っていう試合はしたくないなと。

で、これは勝ったから言えることですけど、今までの三冠戦と比べられても『これが俺たちの三冠戦だ!』って胸を張って言える試合だったと思います」と、安齊は胸を張る。

すでに8月3日、仙台では斉藤レイとの防衛戦をし、さらに8月13日のアリーナ立川立飛では仙台の勝者に青柳優馬が挑戦することが決定している。また、挑戦者は未定だが9月1日の福岡アイランドシティフォーラムでも三冠戦が行われることは決定済みだ。こうした状況に安齊は何を思うのか?

「青柳さんとはシングルマッチをやったことがないし、僕のプロレスの基礎は全部が青柳さんなので、前々から『やってみたい!』って口にはしていたんですけど、そんな先のこと考えても斉藤レイ選手を乗り越えられませんから、まずは斉藤レイ戦だけに集中しています。会場中がレイ選手の背中を押すと思うので、それもひとつの戦いだなって。

でも、きっと僕の背中を押してくれる人も絶対いると思うし、会場に来れなくても画面越しに応援してくれる人、会場でも画面でも観れなくても心の中で応援してくれる人もいると思うので、完全にアウェーではないって信じてます。だから、どんな技が来ても全部返して僕が勝ちます。それが終わって初めて青柳さんのことが考えられると思います。福岡は……全然先の話ですね(苦笑)。

ホントに三冠王者というのは茨の道…以上ですね。でも、この三冠のベルトを持った人間にしか見えない景色を見ているわけですし、体験できないことを体験していますからね。だから幸せだし、楽しいですよ」

▲三冠王者としての険しい道のりならではの景色を歩んでいく

今、全日本プロレスはどこの会場も活況を呈し、若いファンが急増して盛り上がっている。もちろん、それは安齊も肌で感じているという。

「僕が全日本プロレスの一番好きなところは、全日本プロレスの人は全員が全日本プロレスに誇りを持っているというか…『俺らがどう見ても一番だろ!』っていうのを全員が持ってるんですよ。選手の試合に対する熱量もそうですし、ファンの人たちの熱量もすべて今の全日本が一番だと僕は思ってます。

いろんなことがありましたけど、今はみんなが一丸というか、同じ方向を向いて頑張っていますから。数ある団体の中で全日本に入団してよかったなってメチャ思います」

全日本プロレスの選手として誇りを持っている安齊は理想のチャンピオン像をこう語る。

「どの瞬間でも一番目を引くのがチャンピオンだと思うんですよ。どの会場、どの試合、どこにいても『あっ、この人がチャンピオンだ!』って、プロレスを初めて観る人でもわかるのが正真正銘のチャンピオンだと僕は思います。まず目指すのはそこだと。

もしかしたら、そこが一番大変なのかもしれないですけど、そこに辿り着きたいというのがあります。みんなが僕のことを見るし、見たいと思ってくれる存在になりたいです」

だから安齊は三冠戦の入場の際、ビジョンであざとカッコよく、こう言う。

「約束しよう。今日、俺が勝つから最後まで声を届けてほしい。これからも俺がチャンピオンで居続けるから……俺だけを見てろ」。

▲これからの安齊選手の活躍に期待していきたい