温暖化の影響で日本でも生きていられるように

――スクミリンゴガイが「ジャンボタニシ農法」の名で、水田に撒いて除草させる自然農法が近年、話題となっています。実際に効果があるのでしょうか?

福田:ないでしょう。害はあっても、稲作に有益だという科学的な根拠は薄弱です。無農薬ではあるかもしれないけれど、そもそも日本の生態系にはいなかった生き物が、日本の田んぼで大っぴらにはびこっていること自体が自然破壊なんです。そんなものを農法として広めようとするなんて、全く賛同できません。

――悪く言われるばかりのスクミリンゴガイですが、日本にいて良い部分はありますか?

福田:(きっぱり)ない。一切ありません。日本の風土にいていい貝ではないです。

――とはいえ、生息の範囲はどんどん広がっているようですね。

福田:その原因は、第一に温暖化の影響があります。もともと彼らは熱帯・亜熱帯の暖かい場所に棲む生き物で、寒い冬が越せないんです。だから、これまで関東以北にはいなかった。ところが今、日本はすさまじい勢いで温暖化していますよね。夏の暑さがもう尋常じゃないし、年を経るごとに最高気温を更新する状況です。スクミリンゴガイが生きやすくなっており、越冬個体も増えている。

第二に流通の発達があります。稲の苗などに付着し、まるでヒッチハイクのように西日本から東日本へと、稚貝や卵がどんどん運ばれてゆく。原産地では天敵だった鳥などの生きものも日本にはもともといませんし、今後、これまでスクミリンゴガイがいなかった地域にも侵略的に拡大していくのは、残念ながら間違いないでしょう。

▲天敵のいない日本での繁殖能力はすさまじい 写真:よすん / PIXTA

駆除したくても打つ手がないのが実情

――では、スクミリンゴガイを私たちが見つけてしまったら、どう対応するべきなのでしょう。

福田:見つけても、とにかく「触らない」。行政も「素手で触るな」と盛んにアピールしています。もしも寄生虫が人間の血管に入り、脳まで辿り着いたら麻痺などを引き起こす恐れがあり、危険極まりないですよ。死亡例も実際にあります。本当にシャレにならない。命にかかわるんです。

――恐ろしい……駆除すべきだと思うのですが……。

福田:もちろん、駆除していくのが理想なのですが、簡単ではないです。ゴム手袋をして、捕ったらぜんぶ踏んづけて、卵も一粒たりともその場から移動せずに潰してしまう、作業が終わったら念入りに手を洗う。そういった体制をしっかりとるのは基本でしょうね。

――“今日は駆除をする日だ”と決めて、装備などをちゃんとすることが大切なのですね。

福田:そうなんですが……ただ、駆除できたのかどうか、判断するのは難しい。かつて、ある地域で子どもたちを集め、田んぼの水を抜いて人海戦術で採り尽くしたことがあったんです。けれども増殖するスピードのほうがはるかに速く、結局、短期間で元の状態に戻ってしまった。原始的な方法では、打つ手はないのが正直なところです。

――スクミリンゴガイを駆除する特効薬はありますか?

福田:根絶やしにしようと思ったら、毒性が強い薬物を使う必要に迫られますが、そうなったらそもそも稲は育たないし、あらゆる生きものも皆殺しで、もちろん人体にも悪影響が出ます。なんのために駆除をやっているのかまるでわからなくなる。

――八方ふさがりじゃないですか! 本当にたいへんな状況なんですね。

福田:放置すれば事態は悪化する一方です。とはいえ、国も関心が薄いのか、無知で無責任なのか、手遅れだと思っているのか、対策が後手になっています。スクミリンゴガイの件に限らず、環境悪化の影響を受けて日本在来の淡水産貝類・陸産貝類の半数以上は、深刻な絶滅の危機に瀕しています。

このまま放置したら、日本の淡水産・陸産貝類相は本当に終わりです。スクミリンゴガイがジャンボタニシなんて呼ばれて増殖しているのは、日本の自然が急激かつ大々的に失われつつある象徴的な姿と言えるでしょう。国などの行政は責任回避と先送りばかりであてになりませんが、せめて多くの人に現状をしっかり知っていただきたい、というのが私の本音です。

(取材:吉村 智樹)


プロフィール
福田 宏(ふくだ・ひろし)
岡山大学学術研究院環境生命科学学域(農学系)准教授。博士(理学)。専門は軟体動物(貝類)の分類と多様性保全。5歳ごろ貝殻集めを始め、そのまま研究者に。現在は軟体動物多様性学会の会誌編集をつとめ、近著に『新種発見! 見つけて、調べて、名付ける方法』(共編、山と溪谷社)。2018年日本動物学会動物学教育賞受賞。