昨今「ジャンボタニシ」の被害が大きな問題となっている。ジャンボタニシというユーモラスで牧歌的な呼び名に反し、その生態は獰猛。田んぼの稲の若い苗を喰い荒らし、水田が全滅してしまうケースもある。そうなると、もちろん収穫量は激減。廃業を考える生産者さんも少なくないのだそう。さらに2024年の調査では、県によっては生息数や食害の数が平年の約3倍にも膨れ上がっているというから恐ろしい。
そんなジャンボタニシはいったいどこからきた、どんなヤツなのか。退治する方法はないのか……。そんな貝奇、いや怪奇なモンスターの正体をさぐるべく、貝に詳しい岡山大学・大学院環境生命科学研究科(農)水系保全学研究室准教授の福田宏氏にインタビューした。
ジャンボタニシは大きなタニシではない
――「ジャンボタニシ」とは、そもそもどういう生き物なのでしょうか?
福田宏(以下、福田):まず、あれはタニシではありません。
――えっ!? ジャンボタニシはタニシじゃないんですか?
福田:タニシの仲間だと誤解されていますが、論文などのフォーマルな場では、ジャンボタニシという呼称を前面に出すケースは滅多にないですね。現在、本州・四国・九州で問題視されている例の貝は、もっぱら「スクミリンゴガイ」です。
さらに、沖縄県の一部に侵入した「ラプラタリンゴガイ」を加えて、この2種はリンゴガイ目(もく)リンゴガイ科に属すのに対し、在来のタニシはタニシ目タニシ科です。つまりリンゴガイ科の2種は、タニシではないのに「ジャンボタニシ」と呼ばれているのです。
――ジャンボタニシの正体は、リンゴガイ科の貝だったのですか。多くの人はきっと「ジャンボサイズのタニシ」だと誤解していますよね。
福田:とんでもないことですよ! 目が違うということは、哺乳類に例えて言えば、猿とネズミを混同するようなもの……まったく違う生き物なんです。それに、ジャンボタニシと呼ぶことで実際に大きな弊害も出ています。日本の在来種である本当のタニシは絶滅の危機に瀕しているんです。
環境省のレッドリストでマルタニシは絶滅危惧II類、オオタニシは準絶滅危惧ですが、これは過小評価気味で、本当はまさに絶滅寸前の危機的状態です。それなのにスクミリンゴガイがジャンボタニシと呼ばれているせいで、タニシも悪者の仲間のように扱われ、同じように駆除されてしまう。私は在来タニシの冤罪を晴らしたいんです。
――タニシは今、濡れ衣を着せられているのですね。ではいったい、なぜスクミリンゴガイはジャンボタニシと呼ばれるようになったのでしょうか?
福田:ジャンボタニシというネーミングは、あくまで業者がつけた商品名なんです。つまり俗称、スラングです。
――業者とは?
福田:スクミリンゴガイを輸入した業者です。スクミリンゴガイは南米のアルゼンチンなど、ラプラタ川の流域一帯に分布しています。食用目的でアジアに持ち込まれ、1981年頃に台湾を経由して九州などへ輸入されました。
業者には日本で繁殖させて、ひと儲けしようという魂胆があったんでしょう。その際に、親しみを持たれやすいように、タニシではないにもかかわらずジャンボタニシと名づけたようです。
――確かにジャンボタニシというネーミングはコミカルですし、卵はピンク色でファニーな印象がありますね。
福田:親しみやすい名前にして売ろうとしたんでしょうかね。実際はそんなカワイイものじゃないですよ。とはいえ、スクミリンゴガイに罪はありません。間違えてはいけないのは、日本に安易に連れてきた人間が悪いということです。
食用として輸入されたが誰も食べなかった
――実際に、スクミリンゴガイが日本に食材として流通した時期はあったのでしょうか?
福田:私が知る限り一瞬たりともなかったですね。そもそも日本には淡水産貝類を食べる習慣が根づいていない。タニシだって日常的に食べているのは、中部地方の一部地域などに限られるでしょう。
だから結局、誰も買おうとしなくて大失敗。商売にならなくて、持ち込んだ業者は無責任にも夜逃げ同然に生きたまま棄てたんです。それがあっという間に野生化して定着し、急速に拡散して現在に至るわけですね。
――原因は業者が棄てた貝だった、と。南米の生き物なのに、日本にも適応したんですね。
福田:日本は高度経済成長期に、強い農薬で多くの在来タニシを駆逐しました。その結果、田んぼは「空き家」状態だったんです。農薬はその後に規制されましたから、以前のような毒性の強いものは散布できない。そのタイミングで海外からスクミリンゴガイが侵入してきた。そのため彼らにとって日本の田んぼは、たまたま、とても居心地のよい場所だったんです。
――食用で輸入されたそうですが、実際にお味はどうなのでしょう?
福田:おいしいかどうかは個人の主観ですからなんとも言えないですが……。卵には神経毒が含まれています。そのうえ、感染すると死に至ることもある、広東住血線虫という寄生虫を媒介する場合がある。そのような危険な貝なので、個人的には「よくあんなものを食べようって発想になるな」と思っています。食用に輸入しただなんて正気の沙汰ではない。
――先生は実際にお召し上がりになられましたか?
福田:食べないですよ。そもそも私は貝類全般を食べないんです。
――えっ! 貝がお嫌いなのですか。
福田:頼まれても食べないですね。私にとって貝類は研究対象であり、集めて愛でるものです。それに、貝毒について調べれば調べるほど、食べられなくなりました。