2023年1月、大阪湾に迷い込んだマッコウクジラが「淀ちゃん」と呼ばれ、大きな話題となった。こうした海洋哺乳類が浅瀬で座礁したり、海岸に打ち上げられる現象は「ストランディング」と呼ばれ、日本では年間300件近く確認されている。

今年4月に『クジラの歌を聴け 動物が生命をつなぐ驚異のしくみ』(山と渓谷社)を上梓したのが、国立科学博物館動物研究部研究員の田島木綿子(たじまゆうこ)氏。ストランディングが報告されるたびに現地に赴き、原因を調査している。野生のシャチに魅了されて海獣学者になった彼女に、好きを仕事にすることについてインタビューした。

▲Fun Work ~好きなことを仕事に~ <海獣学者・田島木綿子>

カナダで野生のシャチを見て心を決める

――田島さんは幼少期から動物が好きだったのでしょうか。

田島 そうですね、物心つく前から好きだったと思います。お盆やお正月に父親の田舎へ遊びに行くと、フラフラと動物のいる所に行ってしまっていた、という話をよく聞きました。家の前にある牛舎に行ったり、おばあちゃんが飼っていた犬のところに行ったり……。そういう話を親から聞くと、小さい頃から動物に対する好奇心を持っていたんだなって思います。

――その頃から動物に関わる仕事を目指していたのですか?

田島 単純に動物が好きだっただけで、仕事とは全然リンクしていないですね。ただ、母がとても教育熱心で、母自身も働いていたため、手に職を持つこと、特に資格を持つことの重要性を教えてくれました。動物好きの私に、母が「獣医という仕事もあるよ」と教えてくれて、そこからなんとなく意識し始めたくらいで、はっきりと獣医を志したのは高校時代ですね。

当時、人間関係に疲れていて、人がたくさんいる仕事はやりたくないと感じていたんです。動物の世界に行けば、人間と関わらないですむだろうと。でも、獣医が扱う動物はすべて人間が所有していると気づいたんです…(笑)。

――なるほど(笑)。結局のところ、人と関わらざるを得ないんですもんね。

田島 そこから、いろいろ考えた結果として“野生動物の研究者なら……”と思ったんです。一時期はゴリラやライオンの研究者になることも考え、いろんな本を読み漁り、情報を集めました。当時はインターネットが普及していなかったので、図書館でいろんな本を借りてたんですが、そこで偶然、シャチに関する本を読んで、その生き方が人間に近いことに大きな感銘を受けました。

――そこからシャチに興味を?

田島 はい。それでも具体的にどうすればいいかわからず、大学時代を過ごしていました。獣医の大学は6年制なんですが、最終学年の6年生になると国家試験の準備などで忙しくなります。そうなる前に、シャチを生で見ないとわからないんじゃないかと、一人でカナダのツアーに参加することにしました。

今では北海道でも野生のシャチを見ることができますが、私の学生時代には水族館以外で見れる環境はなかったんです。カナダで初めて野生のシャチを見たときの感動は……もう計り知れませんでした。この世界に進むしかないと思いました。

人間社会が自然に与えている悪い影響も伝えたい

――現在では海獣学者・獣医として活躍されており、今年の4月には新刊『クジラの歌を聞け』が出版されました。どういった思いで執筆されたのでしょうか?

田島 執筆における全てにおいてそうなのですが、自分を見てほしい、知ってほしいとかは全然ないんです。書籍を通して、自分が感動したこと、動物や自然に対する思いを伝えることできればと考えています。動物や自然を愛する人々が博物館には多く来てくれますが、まだまだ情報が少ないのが現状です。出版社の人から話を聞くと、一般の方が読むのにちょうどいい感じの教科書みたいな本もないようです。

――たしかに、田島さんの本以外なかなか思い浮かばないですね。

田島 若い頃は自分のことで精一杯でしたが、今は自分の蓄積した知識を共有し、私のフィルターを通して、皆さんに知っていただきたいと感じています。自然や生物の素晴らしさだけでなく、人間社会がもたらす悪い影響も伝えたいと思っています。

ストランディングの研究を続けると、人間が自然に対して迷惑をかけている事実を目の当たりにするわけです。人間だけが繁栄していいわけがない。海洋プラスチック問題、環境汚染、温暖化……。人間の活動が自然に与えている影響は深刻な状況です。現場にいる私たちは、そういった情報を発信しなくていけないと思いました。

――かなり深刻な問題ではありますが、田島さんの本を読むと「〇〇しなくてはいけない」という説教じみた感じは受けませんでした。敷居を低くして、とても重要なことをわかりやすく、受け手が飲み込みやすく伝えている印象です。

田島 ありがとうございます。私自身が大学時代の説教というか、強制されるような話が嫌いだったので(笑)。私の伝えたかったことで、読者の皆さんが自然への考え方を考えるきっかけになれたらうれしいです。

――感銘を受けた人や先輩など、影響を受けた方はいらっしゃいますか?

田島 学者と呼べる方と初めて出会ったのは、私の前任者である山田先生です。「どうやったら、こんな素晴らしい人が生まれるんだろうな」って。獣医になるための勉強をしてきましたが、その内容は外科手術の方法や薬の種類、麻酔の打ち方など、テクニカルな知識や技術が中心でした。動物や生物の本質に触れるものではなく「動物とは何か?」ってことは学べなかった。

――山田先生は違ったんですね?

田島 山田先生によるお話は目から鱗っていうか。どのように生物や動物を捉えるべきか、という新たな視点を得ることができました。獣医は動物について多くを知っていると思われがちですが、実際は知らないことが多いことに気づいて……そのギャップに驚きました。そのなかで海洋哺乳類が岸に打ち上げられる現象、ストランディングに興味を持ちました。

その頃は、病気を探究する研究室に所属していたので、ガンで死んだ牛や犬などを解剖していました。そういった病理学的な観点から、ストランディングの原因を突き止められないかと考えたんです。最初から現在の仕事に就きたいと思ったわけではありませんが、自分のやりたいこと、知りたいことを整理していき、それを実現できるベストの場所が博物館での研究員だったんです。