M-1ラストイヤーが終わって響いた師匠の言葉

――師匠からどんなことを教わったんでしょうか?

伝ペー:この世界に入って何年も経つと、師匠は当たり前のことを教えてくれていたんだなと思います。でも、当時の僕からしたら、なんでこんなことで怒られるんだろうと思ってた。でも、今は後輩に言っちゃいますもん。「先輩とご飯を食べているときに、時計を見ちゃいけないよ」とかね。

マサヨシ:うちの師匠は「三歩先を読みなさい」とよく言うんですよ。例えば、お相手がタバコを吸う人とわかっていれば、まず灰皿を用意したり、ビールがお好きであれば、頼んである状況にしておく。そういったことを叩き込まれました。

相手のことを考えて行動するというのは、どの社会においても大事なことじゃないですか。それを一番最初に教えていただいた。それが染み付いているのは、すごくありがたいなと思います。

伝ペー:僕らが今でも現役で漫才をできているのは、師匠からの「とにかく、お客さんを一番に考えて漫才をしなさい」という教えがあったからです。あんなに人生を賭けていた『M-1グランプリ』のラストイヤーが終わったとき「M-1だけが漫才師じゃない」と言ってもらえて、すごく気が楽になったんです。

「自分らが面白いと思っていること、お客さんが喜んでもらうことを常にやりなさい」と言われなかったら、もしかしたら漫才を続けていないかもしれません。

――いくよ師匠が2015年に、くるよ師匠が今年お亡くなりになられました。改めて、お二人にとって、今いくよ・くるよ師匠はどんな存在ですか?

伝ペー:師匠がいなかったから今の僕はいない。本当にやればやるほどですけど、めちゃくちゃ遠いんです。最初は、漫才師としてめちゃくちゃ近くに見えたんです。でも、やればやるほど、遠い、絶対にあそこまで行けない。正直、今は見えなくなっているんです。あんなにも飽きずに、初めてやってる雰囲気を出せるんだろうって、いつも思います。

――マサヨシさんはいかがですか?

マサヨシ:最初に「芸のことは教えへんで」と言われてから、人に愛される芸人になるために、いろんな教えをもらいました。16歳で弟子入りしたとき、師匠が言ったのは「今日からあんたのことを弟子として見るけど、あんたは私らのことを師匠であり、母と思いなさい」という言葉。

もちろん師匠です。兄ちゃんが言うように、いつまで経ってもスゴい師匠。でも、それと同時に自分は、母親としての部分を感じます。すごく気を遣って面倒を見ていただけたので。

――すごいお言葉ですね。弟子といえど、赤の他人に向かって、そうそう言える言葉じゃないと思います。

マサヨシ:うちの師匠は結婚もされず、お子さんもいらっしゃらなかったんですが、僕らの苗字が酒井で……じつは、くるよ師匠も酒井なんですよ。だから当初は、くるよ師匠の隠し子だと言われていました(笑)。成長期で乳首が痒くなってしまったとき、誰に相談していいのかもわからず師匠に相談すると、くるよ師匠が「どやさ!」って(笑)。「どやさ」って万能なんだなと思いました(笑)。

二人だけが見れた「いくよ・くるよ」のカッコイイ姿

――お二人から見て、いくよ師匠はこんな人、くるよ師匠はこんな人を教えてください。

マサヨシ:くるよ師匠のほうが、どちらかというとお母さん。

伝ペー:先に注意するのは、くるよ師匠ですね。

マサヨシ:細かく言うのは、くるよ師匠。それを聞きながら、いくよ師匠が「そうやな」と聞いている。ただ、いくよ師匠が怒ると一番怖いです。

伝ペー:そう! 1個1個が重いんだよ!

マサヨシ:いくよ師匠に怒られると、“やっちまった”と思いますね(笑)。

伝ペー:でも、劇場でのカッコいい くるよ師匠を見れたのは財産ですね。くるよ師匠は一つ前の出番が終わったら袖まで降りて、前の出番の方が、どんな空気で漫才をしていたかを確認するんですよ。そしてギリギリ1分前くらいに、いくよ師匠が降りてこられて、どんな空気だったかをパッと打ち合わせをして舞台に出ていく。あの姿は、憧れる瞬間。

マサヨシ:お兄ちゃんは くるよ師匠についてたけど、僕がついてた いくよ師匠の出番前もカッコいいんです。楽屋の鏡の前でずっと立って、何も喋らない。ゆっくりタバコを吸って、鏡で自分を見て、ゆっくりタバコを消して、時間になったら「ほな、行こか」と袖へ向かうんです。

▲「ほな、行こか」の瞬間を再現してくれた

――それはシビれます。先ほど、いくよ師匠が怒ると怖いと話されていましたけど、怒られた記憶はありますか?

マサヨシ:僕は怒られたことがなくて。

伝ペー:いやあ、マジで優秀。だって、プライベートでハワイに連れて行ってもらっているんですから! なかなか弟子をハワイには連れて行きませんって!

マサヨシ:(笑)。でも、一度だけ遅刻をしたことがあって。当時、KBS京都のラジオを師匠がやられていたんですが、その集合時間が8時半で、僕が起きたのも8時半。大阪の西成に住んでいたので、どう頑張っても1時間は掛かってしまう。急いで現場に行って、10時前くらいに到着すると、師匠は「もうええから」とひと言だけ言われて、収録後、改めて謝ったんですけど、くるよ師匠がボソッと「破門や」と……。

後日、再び謝罪に行くと、いくよ師匠が静かな声で「わかったか」と、「こういうことや、1回の遅刻で全部なくなるんやで」と言われたとき、怖いと思いながらもズーンっと心に響いたんですね。そこから僕は26年、芸人をやらせてもらっていますけど、二日酔いであっても絶対に遅刻はしないです。