アベンジャーズのようなゴール裏

さぁ、試合が近づいてきました。ハリファ国際スタジアムは、W杯唯一の陸上トラックがあるスタジアム。ゴール裏からピッチは遠く、見に行くというより、応援に行くという意味合いがより濃くなっていきます。

▲スタジアムをバックに撮影 写真:筆者提供

ゴール裏には多くのサポーターが。それぞれの応援しているJリーグクラブのゴール裏を仕切っている人や、太鼓を叩いている人たちが集まる様子は、アベンジャーズのよう。その背中の番号を見れば、どのチームのサポーターか容易に想像できました。「背番号19 SAKAI」を背負う僕も、そう思われていたのでしょう。

俺たちのチームで、俺たちの街で育った代表です。いけいけいけ!

選手が入場し、君が代が流れます。正直、国内の代表戦だと、少し恥ずかしくもあるのですが、熱唱。ここにいるのは苦労して、ときに怖い思いもして、辿り着いた猛者たちです。彼らと選手あちと異国で歌う祖国の国歌は、特別な感動があります。

しかし、ここから日本は絶望的な劣勢に立たされます。圧倒的なクオリティの差。こんなにも長い45分は初めてかもしれません。

じつは、日本はW杯で優勝候補と言われる強豪相手には、早々に退場者がでたコロンビア戦を除くと、0勝5敗。勝つどころか引き分けた経験もないのです。

苦しい展開でしたが、1点差で前半を終えます。よく1点でしのいだ! よく1点差で帰ってきた!! 負けているにも関わらず、そう安堵するほどに苦しい前半でした。

「耐えて耐えて、事故でもセットプレーでもワンチャンス作れたら、勝ち点1のチャンスはあるぞ」

そんな思いでした。

後半、日本が動きます。フォーメーションを3-4-3に変更。怪我明けの冨安健洋選手中心にバランスを立て直すと、三笘薫選手、浅野拓磨選手、堂安律選手、南野拓実選手という、切り札と呼べる選手たちを次々に起用します。

そのなかでも、三笘選手はスーパーでした。あのドイツが、投入の瞬間から2人でチェックに行くのです。それまで横綱相撲、自分たちのサッカーをしていたドイツが、です。強豪相手にここまで警戒された日本人、いまだかつていません。

しかし、ドリブラーでありながらドリブルに固執せず、確率論でプレーできる三笘選手は、マークを引き付けて、なんの迷いもなく味方を使います。

相手のギャップ、ゴールの匂いがするスポットに入り込む達人の南野選手が、三笘選手が作った隙、サイドのポケットと呼ばれるエリアでボールを受けると、シュート性のクロス。GKノイアーが弾いた先に詰めていたのは、堂安選手でした。

カタールW杯の1年前に開催された東京五輪。久保建英選手と圧倒的なコンビネーションとテクニックを見せつけたものの、ゴール前の混戦に飛び込むというよりは、こぼれ球を鮮やかにボレーで狙えるような、少し離れた位置を取ることが多かった天才サイドアタッカーが、1年の時を経て、泥臭くゴール前に雪崩れ込んでいたのです。

あの屈辱が無駄ではなかったと感じさせるゴールで追いつきます!!

ゴール裏は大熱狂!! みんながイスを飛び越えて前列に。俺たちの代表に叫びます!! そして再び、声を枯らして応援します。

「同点でもいい!! でも、でも、もしもうワンチャンスあれば…!!」

そんな、ネガティブなのかポジティブなのか、わからない気持ちでいました。

その頃からでした。スタジアムの空気が変わり始めたのです。他国籍サポーターが少しずつ、日本のプレーに歓声を上げるようになっていったのです。アジアのサポーターも、そうでない人も。

浅野選手のゴールにスタジアムが歓喜の爆発!

そんな日本に、その時が訪れます。

板倉滉選手がリスタートで蹴ったロングボールに走り込んでいるのは浅野選手。0.1秒前、またしても相手のイヤなところをつく達人の南野選手の抜け出しで、相手のラインが下がっていたため、オフサイドはなし。

それを目視できていない浅野選手は、意図した抜け出しではない。日本にとって待望の、ドイツにとっては事故のような場面。かなり難易度が高い状況ですが、チャンスです!!

「こい!」

そう呟きました。

浅野選手が右足の甲でトラップしたボールは、完璧な置きどころ。

「きぃたぁあああ!! らぁああーーー!!!!!」
「いけぇーーーー!!!!!」

最後の砦はノイアー。固すぎる壁。角度はない! 正直、決めるのは難しい状況。それでも浅野選手が蹴ったボールは、世界一のGKのニアの肩上を抜く、パーフェクトシュート。

……スタジアムが爆発しました。カタールが完全なホームになったのです!!!

浅野選手は一度ゴール裏に来かけて、「いや、遠っ!」と思ったかのように、陸上トラック手前で方向転換してベンチ方面にいきましたが、それでも最高です!!

そこからの時間は、スタジアム中が日本を応援していました。どんなに攻められても、耐えられる気がしました。日本代表は死力を尽くして戦います。

「レフェリー!! (ホイッスルを)吹け!! 終わりだろ!! 吹け!!!」

熱狂で笛の音などもはや聞こえませんが、レフェリーが笛をくわえて、片手を上げました。

その瞬間、倒れ込む選手たち。ピッチに走り込む日本のベンチメンバー。

「終わった? 終わったの!!? 終わった!!!! っっっっっしゃあああーーーーー!!!」

……W杯のたびに言われる言葉があります。

「どうせ勝てないよ」
「行く意味ないよ」

でも、この瞬間。人生で、何度、見られるかわからない、この景色を見るために生きているんです。勝てないと思っている相手に勝つ瞬間だから、一生優勝できないと思っている大会で優勝するから、最高なんですよ。

現地に辿り着いた僕たちが勝ったわけではありません。渋谷で見ている人も、家に集まって友達と見ている人も、出張先のホテルで見ているサラリーマンも、みんな勝ったのです。そのなかで奇跡を本気で信じた僕たちは、生で最高の景色を見ることができました。

試合後には、サポーターの歌に合わせて長友佑都選手が踊ってくれました。誰よりも長く長く、何度も感謝してくれたのは長友選手でした。

感謝したいのはこっちなんですけどね。自分では到底叶えられない、W杯という夢を、選手に乗せて便乗して夢見せてもらっているだけなので。