今回は、今年のお正月、6年ぶりに幼なじみと再開した梁瀬さんが思い出した、少し不思議な幼少期のお話を、彼女が提供してくださったお写真とともにお届けします。
私だけはずっと6年前の記憶で止まったままだった
今年の正月、私は6年ぶりに幼なじみたちと再会した。
私たちは家族ぐるみで仲が良く、それこそ一番古い付き合いだった。お互いの家を当たり前に行き来し、親も子供たちも一緒になって遊ぶ。友達というよりは、一つの大きな家族のような関係だった。
正月や節分、花見にキャンプ、そしてクリスマス。季節の行事はいつも一緒で、何もない日でも、誰かの家に集まってタコパをするのが日常だった。誰かの大切な晴れ舞台があれば、家族同然にみんなで応援に駆けつけた。
そうやって赤ちゃんの時からずっと一緒に育ってきたけれど、コロナ禍で思うように会えなくなり、その間に私が福岡へ引っ越したことで交流がぱたりと途絶えてしまった。世の中が落ち着いてからみんなは何度か集まっていたみたいだけれど、私だけはずっと6年前の記憶で止まったままだった。
今回、私が実家に帰省するのに合わせて、幼なじみの一人が「れいちゃん帰ってきてるからそれに合わせてみんなで集まろう」と声をかけてくれた。
ずっと会いたかった。本当に楽しみだった。それなのに、いざ当日が近づくとなんだか落ち着かない。あんなに一緒にいたはずなのに、みんなをなんて呼んでいたか、どんな話し方をして、どんなふうに笑い合っていたのか上手く思い出せない。当時のように振る舞える自信がなくて、私はずっとソワソワしていた。
再会した彼女たちは驚くほどあの頃のままだった
そんな私をよそに、再会した彼女たちは驚くほどあの頃のままだった。当たり前にタコパが始まり、そこには何の壁もなく自然に振る舞うみんなと、どこかまだ入りきれない私がいた。
会話の中に「バイト」や「就活」なんて言葉が混じっている。時間の経過を突きつけられてむず痒い。当時はあんなに小さかった年下の子が、慣れた手つきで台所に立って料理をしている姿も、今の私にはまるでタイムワープをしたかのように映り、少しだけ困惑してしまった。
そんな私を救ってくれたのは、幼なじみの一人が用意してくれていた昔のホームビデオだった。「懐かしいの持ってきたよ」という声をきっかけに、みんなで「見よう見よう!」と画面を囲む。
映し出されたのは画面の中ではしゃぐ小さな私たち。それを見守るみんなの笑い声を聞いているうちに、止まっていた私の記憶がようやく動き出した。
そのビデオの中で私の隣にいたのは、幼なじみの中でも特に仲が良かった1人の女の子。彼女といえば、午後の紅茶のミルクティーしか飲めない子という記憶がなぜか強く残っている。キャンプでもどこへ行くにも、彼女のためだけに2Lの重たいボトルが用意されるのがいつもの光景。水もお茶も飲めないらしい。
けれど、ふと今の彼女の手元を見ると、そこには普通のお茶があった。
「……お茶飲めるようになったの?」
今日集まってから初めて、ようやく自分からまともな声が出せた気がした。
「そうなの。最近ようやく水とお茶が飲めるようになったんだ〜。ジュースはまだ飲めないけど」
今回は、そんな彼女と私の、少し不思議な思い出の話をしたいと思う。


梁瀬 鈴雅







