第一回では、自身の病について、そしてアイドルを続ける理由について、赤裸々に綴っていただきましたが、今回はご自身たっての希望で、自らの学生時代を振り返るため、自分が通っていた学校に赴いたそう。
文頭で19歳を「微妙な年齢」、大人を「嫌い」と綴った梁瀬さんに、心境の変化はあったのでしょうか。
どうして私はこんなに変わってしまったのだろう
19歳。微妙な年齢だ。
あと半年で20歳になり、世間的には「大人」になるわけだけれど、その響きはどうにも重たい。私は大人が嫌いだ。大人、というより、“大人”の仮面を被った人たちだ。その仮面の内側には、いつも人の心が見えなかった。
私は、どんな大人になるのだろう。
担任だった白井先生に久しぶりに連絡をした。このエッセイの仕事が決まった時、真っ先に小学校に行きたいと思ったからだ。急な連絡を迷惑に思われないか、と何度も躊躇い、結局直前になって「エッセイの仕事で」と理由をつけて送ったメッセージに、先生は快く了承してくれた。
約束の日、東京での撮影を終えて電車に乗った。当時通学で使っていた路線だ。座席に腰を下ろした時から胸の奥が少しずつ弾んでいくのを感じた。
先生との約束まで少し時間があり、近くのカフェに入った。母と保護者面談の待ち時間を過ごした場所だ。当時と同じテーブルに座り、少しだけ息を整えた。
あの頃は嫌いな大人なんて一人もいなかった。それが今では周りの人を疑ってばかりで、心の壁もなかなかほどけない。どうして私はこんなに変わってしまったのだろう。
起立性調節障害には様々な症状があるが、その中でも1番辛かったのは朝起きられないことだった。症状そのものも苦しかったが、それ以上に理解してもらえないことの方が辛かった。朝は体が動かず、ようやく動けるようになるのは昼過ぎ。大人には事情を説明し、母に2時間かけて車で送ってもらいながら、夕方から登校する日々が続いた。
けれど、夕方の授業や部活だけに顔を出して帰る私をよく思わない人ももちろんいた。怠けだと決めつける声もあった。それでも友達の前では無理に明るく振舞った。頭に酸素が回らず、意識が遠のき、会話の内容もぼやけるような中でも周りに合わせて笑っていた。普通でいたかったのだ。


梁瀬 鈴雅






