とりあえず、ちょっと一服しよう

驚きの実態を耳にして、私は思わず黙ってしまいます。沈黙を破るかのように亀仙人は言いました。

亀仙人 「ここで問題です」

ひなた 「また、クイズですか?」

亀仙人 「転院してきた患者さんのほとんどが、うつ病だと診断されて、抗うつ薬や睡眠薬などを出されていたんだけど、その中で実際に“うつ病”だった患者さんは何人でしょう?」

え~……。想像もできませんでしたが、抑うつ状態には6種類あるという言葉を思い出して答えました。

ひなた 「もしかして、6分の1でしょうか」

亀仙人 「ブブゥ!」

ひなた 「お医者さんの診断ですもんね。さすがに、もっといますよね」

亀仙人 「いや、正解は、2人なんだ」

ひなた 「2人!? 540人中、たったの2人ですか? それって……、たったの0.37%じゃないですか」

私は子どものころ、そろばん塾に通っていたので、暗算は得意なのです。

亀仙人 「だから、ひなたちゃんも、もっと症状が悪くなってから他の心療内科に行っていたら、うつ病と診断されて抗うつ薬の処方で済まされていたかもしれないよ」

ひなた 「ということは……私はうつ病ではないんですか? てっきり、うつ病なのかと思ってましたよ」

亀仙人 「おそらく、違うと思うよ」

ひなた 「じゃ、私の病名は何ですか?」

亀仙人 「まぁ、あせらないで。こころの病気の場合、病名がひとり歩きするから、あわてて知ろうとしないくらいのほうがいいんだよ」

亀仙人 「とにかく、大うつ病には抗うつ薬は効く。でも、何年も抗うつ薬を飲んでいて改善されていない人は、かなりの確率でうつ病ではないと断言するよ」

ひなた 「誤診ってことですか? でも、どうしてそんな誤診が横行するんですか?」

亀仙人 「それは、まぁ『うつ』が一番わかりやすい病名だからね」

そう言いにくそうに答える亀仙人に、私は食いつきます。

ひなた 「わかりやすい病名って、どういう意味ですか?」

ひなた 「病名にわかりやすいとか、わかりにくいとかあるんですか?」

亀仙人 「まぁ……」

ひなた 「じゃあ、逆にわかりにくい病名ってなんですか?」

亀仙人 「それはたとえば……『こつそしょうしょう』とか」

ひなた 「それ、言いにくいだけじゃないですか。ふざけないで真面目に教えてくださいよ」

亀仙人 「いや、それは、このあとでまた説明するから」

ひなた 「気になるじゃないですか」

亀仙人 「あせらないで。まだまだ診察は続くから、とりあえず、ちょっと一服しよう」

▲とりあえず、ちょっと一服しよう イメージ:PIXTA

そう言って亀仙人はデスクの内線でお茶を頼みました。しばらくして、お盆に湯のみ茶碗を2つ乗せて、受付の女性が現れました。

その1つを手に持ち、ふたを開けると湯気がフワ~と立ち上ります。その湯気を見ながら、私はパンドラの箱を開けてしまったような気持ちになりました。


『「薬に頼らず、うつを治す方法」を、聞いてみた』は次回8/27(木)更新予定です、お楽しみに。

※本記事は、亀廣聡・夏川立也:著『復職後再発率ゼロの心療内科の先生に「薬に頼らず、うつを治す方法」を聞いてみました』(日本実業出版社:刊)より一部を抜粋編集したものです。