11日に84歳で死去した野村克也氏は監督としても選手としても超一流だった。現役通算657本塁打と王貞治氏につぐ記録の秘密は、南海ホークスの本拠地・大阪球場にあったのかもしれない。当時のスタジアムの雰囲気や思い出をこのように語っていた。
※本記事は、野村克也:著『もしものプロ野球論』(ワニブックス刊)より、一部を抜粋編集したものです。
8年連続本塁打王という記録を生んだ大阪球場
南海ホークスのホームグラウンドだったのが大阪球場(正式名は大阪スタヂアム)。今はとり壊されて商業施設になったみたいだけど。狭い球場だったんで、よく「野村のホームランは球場が狭いからだ」なんて言われたもんだよ。
今、資料をみたら、両翼が91メートル、中堅が115メートルというから、たとえば西宮(球場=正式名は阪急西宮スタジアム)よりは小さいけど(西宮球場は両翼101メートル、中堅118メートル)、じゃあ、狭かったら657本打てるのかっていう話だ。
いつだったか、張本(勲)が俺んとこ来て、「俺はもう本塁打王はあきらめましたよ」って言う。なんでだと聞いたら、「あんな狭い球場を本拠地にしているノムさんには勝てないですから」って嫌味を言いよった。
いやいや、後楽園(張本が在籍した日本ハムの本拠地)だって両翼が90メートルだったし、しかも実測したら88メートルにも届かなかったんだろ。あれ、けっこう問題になったよな。むしろ、それが理由で首位打者狙いに徹して3085本もヒット打ったんだから、俺に感謝してもいいくらいだろ。
だから、球場のことについては多少、言い分もあるけど、まあ何本かは減ってたかもしらんわな(隣接する南海難波駅の改修に伴う工事で昭和47年にグラウンドが拡大されており、それ以前は両翼が84メートルだったとの記録もある)。
たしかに、広い球場は好きじゃなかったよ。球場が広いと、俺のようなホームランバッターは遠くへ飛ばそうとして欲が出る。ところが、狭い球場だとムキになって叩かなくてもスタンドに入るとわかってるから、自然と力を抜いてボックスに立てる。それが8年連続本塁打王という記録にもつながったと思うよ。それも実力だろ。
それと、大阪球場の特徴の一つに、ファウルゾーンが狭いということがある。ファウル打つとみんなスタンドインするから、打ち直しできるでしょ。広いと捕られてアウトになっちゃうから。それが結果的によかったというのもある。川崎球場もそうだったな。あそこと大阪球場はファウルエリアが狭かった。
だから、阪神の選手なんかにうらやましがられたよ、大阪球場はファウルエリアが狭くていいなって。甲子園は広いからな。実際、南海の選手に比べると、阪神の選手は総じて打率が低かった。ファウルゾーンが広い球場だと、打率は上げにくいけど、ピッチャーは防御率を伸ばしやすい。だから昔から、阪神はピッチャーが育つけどバッターは育たないって言われたんだよ。
打球の音もヤジもよく聞こえた「すり鉢球場」
ただ、大阪球場は、土地柄もあってヤジはすごかった。大阪球場って、「すり鉢球場」とか呼ばれて、スタンドが急傾斜に設計されてたから、打球の音もそうだけど、客の声もよく響くんだよ。選手とスタンドの距離も近いし、まともにヤジが届く。客もそれを知ってるから、わかってて怒号を飛ばす。えらいもんだよ。
同じ関西でも、甲子園はそれほど聞こえないんだよ。実際はすごいのが飛んでるんだろうけどね、でも聞こえない。だからそういう意味じゃ甲子園はやりやすいやね。
だいたい、大阪弁ってヤジに向いてるでしょ。「おいコラ、なにやっとんねん!」って。後楽園で東京の人から「おい、なにやってんだよ」って言われても腹立たんわな。関東と関西じゃファンの気質が違うよ。江戸っ子と関西人じゃヤジり方も全然違う。まず、大阪のファンって拍手しないんだよ。
後楽園で、「4番、キャッチャー野村」ってウグイス嬢がアナウンスすると、「わあ」って歓声が起きて、ビジターの俺にも多少は拍手が起こるじゃない。
ところが、大阪球場のファンは全然しない。ホームなのにな。ま、2打席くらい続けてヒットやホームランを打つと、3打席目のときにやっとパチパチってするくらい。あれも今思うとなんだったんだろな。そういう意味でも大阪はきついよ。よく「ファンの声援に背中を押される」とか言うじゃない。大阪はまずなかったからね。これ冗談じゃなくて(笑)。だから俺、東京遠征は好きだったよ。