尊い動物の命…あなたに背負えますか?

退院にあたり、飼い主である娘さんと話をしました。エルちゃんとは、ふらっと入った港区のペットショップで出会ったそうです。

ケースから出して抱っこさせてもらうと、手のひらにすっぽり収まるほど小さく、小さな尻尾をフリフリ。運命の出会いを感じ、すぐに購入を決めました。スタッフに飼い方を聞き、その日のうちに連れて帰ったそうです。

教えられた通りにショップで購入したフードを、決められた量をあげました。すると、あっという間に規定の量を食べてしまうほど食欲旺盛。ですが与えすぎると、すごく大きくなってしまうという話を聞いていたので、それ以上は与えません。ウンチも小さく少ないため、とっても楽だなと思っていたそうです。

その後も毎日、夜中に帰ってくると、尻尾をフリフリしながら玄関に来て、用意したフードをあっという間に食べました。

飼い始めて1週間が過ぎたころ、出張で2日ほど家を空ける時がありました。食べる量が少ないのは可哀想と、フードボールにできるだけたくさんフードを入れ、出かけたそうです。

2日後、出張から帰ってくると、下痢で部屋中が汚れていました。それで、それ以降は規定量1回分のみを入れて出かけるようにしました。あばら骨が触れるほどやせていても、帰宅すると元気に玄関まで迎えにきてくれるので、大丈夫だと思っていたそうです。

最近は、サークルの中のクッションの上で、ほとんど動かず寝てばかりでしたが、そういう犬種もいるんだろうと、ぬいぐるみと同じ感覚で飼っていたという娘さん。動物を飼うのも初めてで「生き物を飼う」「命を預かる大変さ」を理解しないまま、ただ可愛いからと、ぬいぐるみ感覚でエルちゃんを飼っていました。

生き物を飼うには、時間も労力もお金も必要です。今の生活の何かを我慢する必要があります。ですが、それ以上にやすらぎ・癒し・楽しい時間を与えてくれます。

そういったことを娘さんに説いた後、僕は獣医師として娘さんに聞きました。エルちゃんの命、あなたに背負うことが出来ますか?と。

娘さんは、今は仕事が一番大事だということ。現在の生活の中ではエルちゃんのお世話は難しく、娘さんとエルちゃんにとって良いのは、誰か飼える方に飼ってもらうこと。正直に話してくれました。

そんな話をしていると、横で聞いていたお父さんが「俺が飼うよ」と言いました。

娘さんは驚いた顔で「お父さんに飼えるの?」と少し懐疑的な目をしていましたが、お父さんは「馬鹿を言うな。お母さんが亡くなるまでは、犬を飼っていたんだよ。」と、娘さんも知らなかったエピソードを披露。話は丸く収まり、エルちゃんはお父さんが秋田に連れて帰りました。

半年後、お父さんがエルちゃんとお米をもって病院にやってきました。お父さんに抱っこされて上機嫌でとても幸せそう。話を聞くと、娘さんの家に毎月一緒に泊まりにきているとのこと。

お父さんは「エルは可愛いし、娘と会う機会も増えたし、言うことないよ!」と、皺だらけの顔の目尻が下がり、どこが目かわからないほどです。エルちゃんは、お父さんと娘さん2人とも幸せにしたのです。

だけどね、お父さん、エルちゃん太りすぎ……。一緒に毎日晩酌をしているでしょ。お父さんのおつまみ食べさせちゃだめですよ! 今日からダイエットお願いします。

▲ペットと長く一緒にいるためにも正しい知識を身につけましょう イメージ:PIXTA