こんにちは。獣医師の北澤功です。みなさん、動物に噛まれたことはありますか? 僕は獣医師になってから、もう何度噛まれたか分からないほど噛まれまくっています。
この“噛む”という行為。実は、動物にとってすごく意味のある行為なんです。今回は実際の診療エピソードとともに、動物が噛みついてくる理由についてお話いたします。
顔中血だらけ!? 流血は当たり前の診療現場
ある日のこと。いつもなら穏やかな時間が流れているお昼過ぎに、高級ブランドのバッグを片手に、角刈りでこわもてのおじさんが病院にやってきました。圧倒的な顔面の迫力です。
犬も猫も連れていません。僕はドキドキしながら「どうなさいましたか……?」と、いつもよりちょっと丁寧に聞いたところ、相手は開口一番「爪を切ってくれ」と言いました。
「えっ!? おじさんの爪を? 失敗して出血なんかさせたら、僕の指がなくなるのかなぁ……」なんて恐ろしい妄想をして、返事に困っている僕を見て「モモコの爪だよ!」そう言うと、バッグから小さなハムスターを取り出しました。
「かわいいだろ」と口にしながら、おじさんはハムスターをそっと抱き上げ、診察台の上に置きました。ごつい手の平で優しく背中を撫でます。眼鏡越しの鋭く細く吊り上がった目が、これでもかというぐらい下がり、もうメロメロといった感じでした。
僕は、モモコを受け取り、健康チェックをしました。上から見ると大福もちのように丸々と太っています。おデブちゃんなせいで家でもほとんど動かないらしく、爪は細く尖り円を描くように伸び、先端は肉球にあたっていました。
健康状態を知るべく、いろいろと質問していきます。
「よくごはんを食べますか?」
「いつも腹いっぱい食べさせている」
「ウンチは?」
「毎日大量にしている」
「おとなしい子ですか?」
「当たり前だ、こんなにいい子はいない!」
モモコへの愛が苦しいくらいに伝わってきます。
健康チェックを終えたら爪を切ります。僕はモモコを優しく抱き上げ、後ろ脚の爪から切り始めました。よしよし、おとなしくして切らせてくれました。
暴れそうな子には、タオルを巻いて爪を切るのですが、おじさんの「いい子」の一言と、それまでおとなしかった油断からタオルを巻かずに切る僕。続いて前脚の爪を切ります。右前脚を押さえて爪にハサミを当てた瞬間、体をバタバタさせ、僕の指を“ガブっ”とひと噛みするモモコ。
血が吹き出し、モモコの顔が真っ赤に染まると、優しく見守っていたおじさんの顔が一変。「モモコ大丈夫か!? 血が出てるじゃないか、痛いのか?」と話しかけます。
いやいや、違う違う! 痛いのはモモコのではなく、僕なんです! 赤いのは僕の血ですよ!
ハムスターの歯は、葉や茎をかみ切るために包丁のように鋭いんです。種子も食べるためとても硬く、生涯伸び続けます。そんな鋭くて硬い歯に噛まれて、僕の指はぱっくりと切れてしまったわけです。
なぜモモコは噛んだのか。それは自分の防衛のため、戦いです。モモコにとって僕は敵でした。攻撃でなくても噛むことがあります。
犬や猫を飼っている人は経験したことがあるかもしれませんが、遊んでいる時、特に激しく遊んでいると、だんだん気分が高まり興奮状態に陥るのです。遊んでいるのか、狩りをしているのか分からなくなり、すごい勢いで飛びついてきて噛みつくこともあります。
いま、動物を飼っていて噛まれることがある方は、次のことを意識して接してください。
「興奮し始めたら遊びをやめる」
「怖がっているなと気づいたら近づかない」
「こんなことをしたら嫌がるなと思ったらやらない」
これで噛まれることは激減します。動物を飼育するにあたり、動物の気持ち考えてあげ、生態をよく知り快適な環境を作ってあげることが、噛まれないコツです。動物たちの生態を知って信頼関係を築き、お互いに楽しく幸せに暮らしましょう。