120リットルの大きな胃袋を持つ牛

ここからは大学時代のお話です。僕は北海道の大学に通っていたのですが、その大学では各地からやってくる病気にかかってしまった牛を、教官の指導のもと治療と世話を学生が行っていました。

講義が終わり、牛が入院している牛舎に行くと、僕が担当していた牛が元気なく座り込み、呼吸も早く、お腹がパンパンに膨れ上がった状態に! 胃にガスがたまり、胃の動きが停止。放っておくと命にかかわる緊急状態です。

僕は急いで牛の口からホースを入れ、胃に挿管しました。ホースが胃の中に入ったかを確認するため、先端に顔を近づけたその時、“ブッブッブ”と、ホースからものすごい勢いでガスが噴出。思い切り顔面に浴びてしまいました。

おならに酸っぱい匂いを混ぜたようなガスのにおいを嗅いだ僕は、思わず「ヴエッ」とえずいてしまいました。辛かったですが、このにおいがするということは、無事にホースが胃に達している証拠。

その後、お腹を優しくマッサージし強制的にゲップをさせると、ホースの先からボコボコとガスが出てきました。ガスが抜けると、牛はみるみる元気に。

牛は生きるために食事の戦略として、身の周りにたくさんあって1番入手しやすい草を選びました。ですが、草は栄養価が低く、必要な栄養を摂るには大量に食べなければなりません。また草の細胞は、細胞壁という強固なセルロースに覆われており、人間や肉食動物などは消化できません。人間も生野菜を食べますが、ミネラルやビタミン以外は摂ることはなく、便として排出しています。

しかし、牛は草を食料とするのに特化した優れた消化器官を持っています。それが4つある胃です。それぞれに機能があるのですが、全部説明していると長くなってしまうので、ひとつだけご紹介します。

1番大きな胃は、大量に草を食べるためとんでもない大きさになっています。容量はなんと120リットルにも及びます。

また、驚くべきことに、1日に150リットルものよだれを出します。このよだれには、草を効率よく流し込み、微生物を活発に動かす役割があります。食いしん坊だからよだれを流しているわけではないんです。

▲この大きな巨体に大きな胃袋が入っています イメージ:PIXTA

そして牛の最大の能力は、1番大きい胃に7000種を超える微生物をすまわせていることです。この微生物たちが草を分解・発酵してくれるので、消化できるのです。

しかし、硬く大きな草は微生物たちでも分解しにくいので、分解できない草は再び口に吐き戻し、口中ですりつぶして胃に戻します。これが反芻。牛がいつも口をモグモグさせているのはこのためです。

草だけではたんぱく質が摂れません。では、一体どうやってたんぱく質を摂るのか? 牛が本当に凄いのはここからなんです!

牛は胃の中の微生物に「草」というエサを与えて増殖させて、増えた微生物をたんぱく源として消化するのです。「胃の中で微生物を飼い、そしてそれを食べる」という驚きのシステム! そのおかげで草しか食べないのに700kgにもなる大きな体を維持し、1日30リットルものミルクを出せるのです。

草を発酵するときに、炭酸ガスとメタンガスが発生します。このガスを普段はゲップとして出しますが、エサの食べ過ぎ、エサの質や胃腸の動きが悪い、微生物のバランスが悪いときなどは異常発酵が起き、ゲップでは出し切れないガスが発生してしまいます。この状態の改善のため、大学時代の僕はホースを胃の中に入れたのでした。