プレッシャーという言葉が好きな人はいないだろう。「プレッシャーに負ける」「プレッシャーに押しつぶされる」といった表現があるように、大半の人にとって、それは行く先々で私たちの前に立ちはだかり失敗を誘う嫌なヤツ、といった存在なのではないだろうか。しかしラグビー界を代表する名指導者のエディー・ジョーンズ氏は「プレッシャーは人生を切り拓く力になる」と断言する。2015年のラグビーワールドカップで日本代表を率いて3勝を上げ、世界を驚かせた手法に迫りたい。

※本記事はエディー・ジョーンズ:著『プレッシャーの力』(ワニブックス:刊)より一部抜粋編集したものです。

日本代表に課した圧倒的な「ハードワーク」

2015年9月のワールドカップ。日本代表は初戦で、南アフリカ代表を残り2分の粘りで逆転、34-32で倒すという快挙を成し遂げた。後に「スポーツ史上最大の番狂わせ」と評された試合だった。

南アフリカ代表は、過去2回の優勝経験をもつ強豪国。その時点でワールドカップでの通算成績は25勝4敗、世界一の勝率を誇り、この大会でも優勝候補であった。一方、日本代表の戦績は1勝21敗2分。遡ること1991年にジンバブエ代表に一度勝ったきり、白星がなかった。

いかにして、誰も予想しなかった番狂わせが生まれたのか。その理由の一つとして、並大抵ではない厳しいプレッシャー「ハードワーク」を選手たちに課したことがある。このハードワークは、私のコーチングにおける座右の銘でもある。

人間という生き物は、誰しもがとてつもない潜在能力を秘めている。しかし、ほとんどの人はそれに気づいていない。チームを勝利に導くため、組織を成長させるため、指導者や部下を持つ人は、その眠った力を呼び覚ます務めがある。それができれば、成功に近づく。

ハードワークは、その手段として有効だ。

私は日本代表時代、選手を徹底的に追い込みプレッシャーを与えた。長期合宿を組み、早朝から夕方までハードトレーニングを行っていた。とくに日本人は勤勉で、我慢強いという特質がある。限界ギリギリまで努力させることで、ポテンシャルを引き出すことができると考えたのだ。

▲日本代表に課した圧倒的な「ハードワーク」 イメージ:PIXTA

明快な言葉でポジティブなプレッシャーをかける

シンプルな言葉は、いいプレッシャーとなって人間の行動を律することができる。“日本ラグビーの歴史を変える”と“ジャパン・ウェイ”だ。2012年に日本代表ヘッドコーチに就任して、3年後のワールドカップを見据えて“これまでの日本ラグビーの歴史を変える”と宣言した。

具体的にはワールドカップで予選を突破して、世界の8強に入るという大きな目標を掲げた。これを達成するには、ティア1と呼ばれるラグビー伝統国を倒す必要があった。そのためには、日本人らしさをいかすことが重要になってくる、と説いた。

外国出身の選手を入れても、世界トップレベルの強豪に比べれば、明らかに小柄で軽量級である日本代表の選手たち。圧倒的な体格差があることに不利を見出すのではなく、日本人だからこその利点をさらに伸ばすことに集中する方が、はるかに重要である。

数少ないチャンスを逃さない、試合巧者ぶりを身につける。好機と見れば一撃必殺で相手を仕留める。そして機敏な動き、とくに狭いスペースでも器用に動き回れる機動力で、相手を攪乱する。水面を駆け抜ける忍者のような、敏捷性を逆手に使う。

そんな侍の目と忍者の体で世界の強豪と戦うぞ、というメッセージを込めて“ジャパン・ウェイ”と名付けた。

そこから実際の試合での結果に結びつけるためには、相当な鍛錬が必要になる。ワールドカップ準備期間に行われた宮崎合宿では、ありとあらゆるプレッシャーを選手たちに徹底的に与え続けた。