レントゲンでもMRIでも発見できなかった理由

モヤモヤ血管が痛いのだとすると、納得のいくことがありました。

「そうか! だからレントゲンでもMRIでもわからないんだ!」

モヤモヤ血管はレントゲンでは見えませんし、通常のMRIでも見えません。五十肩は原因がわかっていない痛みですが、多くの人がかかる「コモン・ディジーズ」です。多くの人がモヤモヤ血管からくる痛みで悩んでいるのだとしたら、とても社会にインパクトがある。これはなんとなく重大なことだ! という予感がありました。

▲レントゲンでもMRIでも発見できなかった理由 イメージ:PIXTA

また、別の患者さんで、今度は股関節が痛いという人がいました。1年前に直腸がんにかかり、肝臓に転移が見つかりました。その肝臓の転移を治療するために、カテーテル治療を受けに来ていました。

ところが、その人はがんになる以前から左側の股関節が痛かったといいます。日本舞踊の先生をしていたのに、股関節の痛みのために踊れなくなり、舞台に上がることができなくなってしまったのだとか。最初は踊るときだけ痛かったのが、日に日に悪化して、今では歩くだけでも痛みが出てしまう。

しかも、その状態が2年も続いているのだそうです。長引く痛みです。そしてレントゲンやMRIの検査をしても異常がみつからず、整形外科では「手術するしかないでしょう」と言われたそうです。

この人にも、肝臓がんの治療と一緒に股関節のカテーテル治療をおこないました。せっかくだから、ついでに股関節も治療しよう! というやつです。

今度は股関節のすぐ外側にモヤモヤ血管がありました。治療が終わって翌月に来たときは、とてもテンションが高くて「先生! この前の治療は魔法みたいだわ! ほとんど痛みがなくなった!」とニコニコしながら伝えてくれました。

階段を上るときの痛みだけがまだ残るということで、もう一度治療。そうしたら次の月には、なんと日本舞踊の舞台に復帰していました。見事に2年ぶりに現役復帰を果たしたのです。「がんはあっても痛みがなければ、こんなに幸せなの!」と驚いていたのを今でも覚えています。

痛い場所には小さな血管が無秩序に増えていた

がん治療の“ついでに”長引く痛みを治療するということを、それからも続けました。驚くべきことに五十肩・ひざ痛・肩こりなど、実に多くの長引く痛みがモヤモヤ血管と関係があることがわかってきました。

私はこのような治療をするにつれ、たくさんの疑問を抱くようになりました。どうしてモヤモヤ血管ができるの? なぜこんなにぐちゃぐちゃとしているの? モヤモヤ血管は役に立つの? なぜモヤモヤ血管の流れを遮断すると痛みが取れるの? どれくらいの人がモヤモヤ血管による痛みで苦しんでるの? などなど。

疑問を持ったら調べてみないと始まらない。それには「研究すべし!」ということで、2009年に母校の慶応大学医学部の大学院に入学し、モヤモヤ血管を研究テーマにしました。専門的には「病的血管新生」という分野です。

この決意をしてから3年後、私の研究をまとめた論文は『ネイチャー・メディスン』という科学雑誌に載ることになります。ネイチャー・メディスンは医学研究論文を掲載する雑誌のなかでは、権威のある雑誌のひとつです。モヤモヤ血管はどうしてできるのか? 遺伝子を扱う研究から、モヤモヤ血管の原因となる遺伝子のひとつを見出し、その役割を明らかにしました。

重要なことは「痛い場所にはモヤモヤ血管がある」ということです。モヤモヤ血管というのは、MRIでも映りませんから、今まで気づかれず、検査もされてこなかったといってもいいくらいです。

モヤモヤ血管があるということは、その場所で小さな血管が無秩序に増えているということです。そしてモヤモヤ血管には血液が大量に流れ込みますから、血液の流れ自体も増えているのです。

私は血管の中から観察しているのでわかりますが、長引く痛みのある場所には通常より多くの血液が流れているのです。

▲痛い場所には小さな血管が無秩序に増えていた イメージ:PIXTA