また来るから、早く元気になってね
エリーちゃんの年齢は推定18歳。僕の病院に来たのは昨年の冬のこと。飼い主のおばあちゃんが入院するということで、預かることになったのが始まりです。
あとで知ったことなのですが、このときすでに、おばあちゃんの具合は今後の目途がつかないほど悪い状態だったそう。またエリーちゃん自身も、体調が悪く痩せこけた状態でしたが、栄養剤の点滴で彼女の状態は無事に回復しました。
病院にきて2か月が過ぎたころ、おばあちゃんが一時退院したという話を聞き、僕はエリーちゃんを連れて会いに行きました。
部屋に入ると、バッグから顔を出しキョロキョロと部屋を見回します。ベッドで寝ているおばあちゃんを見つけると、嬉しそうに声をあげるエリーちゃん。
バッグから出してあげると、軽快な足取りでベッドに飛び乗っておばあちゃんの顔の横に。いつもはほとんど感情を出さない彼女ですが、そのときはすっかり毛が抜けてウインナーのようになった短い尻尾を精一杯フリフリしながら、おばあちゃんの顔を何度もなめました。おばあちゃんはそれに応えるように、優しい笑顔でエリーちゃんの頭を撫でます。
1時間ほど、おばあちゃんの家で過ごしたあと、僕はエリーちゃんを抱きあげバッグに入れて、帰りの準備をします。「また来るから、早く元気になってね」と僕が言うと、声が出ないおばあちゃんは、僕とエリーちゃんを見ながら、手を合わせて感謝を伝えてくれました。その目にはうっすらと光る涙が。
その翌日、おばあちゃんが亡くなったとの報せが届きました。エリーちゃんと最後に触れ合うために神様が少し時間をくれたのかな……。
紆余曲折を経てたどり着いた安住の場所
エリーちゃんは、おばあちゃんのところへ保護犬としてやってきました。いつどこで生まれたのか誰も知らない。
おばあちゃんのところに来る前も、飼い主さんが何人も変わったとのこと。聞くところによると、東北で暮らしていたこともあったそうです。紆余曲折を経て、やっとたどり着いて安住の場所。しかし、おばあちゃんも亡くなってしまったため、僕が預かることに。
エリーちゃんはけっして声を出しません。他の犬に追いかけられても、吠えられても、隅っこに隠れるだけ。いつも静かに、誰にも迷惑をかけないようひっそりと過ごし、存在を消しているように見えました。
大好きな座布団に誰かが座ったときも、怒るわけでもなく部屋の隅っこで固く冷たい床に丸まっています。他の動物たちのように、いつでももっともっと甘えてくれればいいのに……。
次々に変わる飼い主の顔色をうかがって暮らすなか、静かにしていること、できるだけ気配を消すことで、彼女は生きていく術を身につけたのかもしれません。診療が終わった夜の、僕へのツンツンだけが彼女の精一杯の甘えでした。
翌朝、手術明けということもあり、少しゆっくりと準備をしていた僕に、看護師さんから一本の電話がありました。電話を取ると開口一番「先生、エリーちゃんが……」との声が耳に入ります。僕は慌てて病院に向かいます。
病院に到着すると、エリーちゃんはお気に入りの座布団の上で、いつも通り丸くなっていました。いつもと違うのは、眠ったまま二度と頭を上げることはなかったということ。
飼い主さんがどんどん変わって、住む環境も変わっていくという数奇な人生を送ったエリーちゃん。病院での生活はどうだっただろう? 少しでも幸せな気持ちになってくれたかな……。
天国でおばあちゃんに再会して、思いっきり駆け回って遊んでいてくれると嬉しいです。
エリーちゃんが亡くなって2週間がたちました。
「あれ、エリーちゃんは?」
「この服、エリーちゃんに似合うかと思って持ってきたんだけど、いないの?」
たくさんの人に尋ねられます。僕が思っていた以上に、エリーちゃんはみんなに愛されていたみたい。今も毎日、たくさんの犬や猫、さまざまな動物たちが僕の足元でじゃれて甘えてきますが、あの遠慮がちなツンツンが無性に恋しくなります。
今回はこのあたりで。また次回お会いしましょう。
「スーパー獣医 Dr.北澤のどうぶつ事件簿」は、次回2月23日(火)更新予定です。お楽しみに!!
十三次どうぶつ病院
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