こんにちは、獣医師の北澤功です。僕は、毎日さまざまな動物と触れ合い、多くの飼い主さんとお話を交わします。明るいお話、楽しいお話、そして時には、つらいお話もしなければいけません。数多くの動物たちと一緒にいると忘れてしまいがちですが、人間・犬・猫……命の数だけそれぞれの人生があります。

今回は、少し数奇な人生を送ったマルチーズのエリーちゃんのお話をご紹介します。

エリーちゃんは“隠れ”甘えん坊さん

ある日のこと。犬の手術を終え緊張から解放された僕は、お気に入りのイスに座りコーヒーを飲みながら一息ついていました。

少しまったりしていると、“スタスタ”とゆっくりこちらに近づいてくる足音が聞えます。その足音の方に顔を向けると、そこには、ずっと寝ていたマルチーズのエリーちゃんの姿が。

僕は膝をついて、エリーちゃんがこちらに来るのを待ちます。近くまで来ると、僕の膝を脚でそっとツンツン。彼女はいつも、レントゲン室にあるお気に入りの座布団で寝ていて、日中は他の動物が僕に甘えているのを遠くから見ているだけ。

でも診療が終わって、みんなが入院室に入り病院内の音がラジオだけになると、レントゲン室からひょこひょこと出てきて甘えにくる。それがなんとも可愛らしいんです。

そんなエリーちゃんですが、最近は歩くのが遅くなり、転ぶ回数も増えてきたのが気になります。この日はいつもよりさらに遅いような……。

僕のことをツンツンしてくるのは、抱っこの合図。痩せて骨ばった彼女の体をそっと持ちあげ、膝にのせました。……また体重が軽くなっている。僕は精いっぱい愛情をこめて彼女の頭を優しく撫でます。すると、あっという間に丸まってウトウトしはじめました。

▲動物の寝ている姿って、なんとも可愛らしい イメージ:PIXTA

少ししてコーヒーを飲み終えた僕は、膝からそっと彼女をおろします。普段はめったに声を出さないのに、このときは珍しいことに小さく消え入りそうな声で“ウワン”と鳴いたかと思うと、ゆったりとした足取りでレントゲン室へ戻っていきました。

その後、先ほど手術を終えた犬の様子を見にいくと、麻酔から覚めてしっぽを振っていました。元気いっぱいのようです。

「よし、これでもうひと安心」そう思った僕は、術着を脱いで帰り支度をはじめます。着替えを終えて、バックを背負い、ひと通り動物たちの様子を確認。最後は、レントゲン室にいるエリーちゃんに「おやすみ!」と声を掛けました。

エリーちゃんは起きていたようで、頭をあげ僕を見つめて、“ウワン ウワン”と声を発します。その時、僕はなぜだかわからないけど、無性にもう一度、頭を撫でてあげたくなりました。いま思えば、僕も彼女もこれまでとは違う“なにか”を感じていたのかもしれません。