美しくて素敵な人だった国強の母

この重苦しい雰囲気が、次の瞬間、思わぬかたちで吹き飛んだ。まず、部屋の中に茉莉花(ジャスミン)の良い香りが漂い、柔らかな優しい中国語の声が入ってきた。

「あなたですね。ウイグル人でありながら学校一優秀と噂で聞いています。いや、綺麗な娘さんだね。このワンピース、すごく素敵。ロシアから取り寄せたの? それとも誰かが作ってくれた?」

まだ何が起きたかわからないうちに、生まれて初めてみる美しい漢民族の女性が、私の目の前に現れた。背が高くてほっそりしていて、肌がこのうえなくキメ細やかで、肩までの髪が真っ黒でツヤツヤしていた。

国強の母であった。彼女はごく自然に私を抱きしめ「よく来てくれた。やっぱり女の子は可愛い。髪の毛が柔らかくて綺麗。シルクみたいに柔らかい」と私を褒めまくった。そして私を別の部屋に連れて行った。

そちらの部屋の雰囲気は、前の部屋と変わらなかったが、絵が半分まで描いてある大きなキャンパスが置かれていた。その近くに絵を描く道具が一式揃えられていた。部屋のなかに、かすかにまだ乾ききってない色彩の匂いがあった。彼女は私を椅子に座らせ、私の手に飴を握らせ、私の顔をしばらく覗いた。そして言った。

「日曜日に来なさい。あなたの絵を描きたい」

私は驚き、うれしかったが「母に聞いてみる」と答えた。中学校の授業で勉強した中国四大美人である春秋時代の西施、前漢時代の王昭君、 後漢時代の貂蝉(ちょうせん)、唐時代の楊貴妃らにさかのぼるルーツを、私は12歳のときに初めて王国強の母を通して知ったことになる。

▲楊貴妃 上村松園筆 出典:ウィキメディア・コモンズ

彼女は本当に美しくて素敵な人だった。国強の母が私の絵を描く話は、私が家に戻ったときには電話で父の了承済みという形になっていた。それから私は、何回か彼女の絵のモデルになった。

その年の初雪が降ったある冬の日、絵が完成した。絵を見た私は不思議な感情に襲われた。その絵は12歳のウイグル人の少女が描かれていたが、そのなかに漢民族の彼女自身をはっきり見て取れるような不思議な絵だった。私は彼女に「この絵は本当に綺麗です。私にもそしてあなたにも似ています」と言った。彼女は笑ったが何も言わなかった。

私は今でもあの美しい絵のことを時々思い出す。中学校の卒業式に来た王国強は、学校の帰り道で私に「私は軍に入る。あなたは北京の高校に行くらしいね。私の分まで頑張って勉強して博士になってくれ」と言った。

幼少期の友人、小強よ。私は日本で博士になるまで勉強した。あなたは新疆軍区でトップになったそうですね。私はあなたに何と言えばいい? ウイグル人を無闇に捕まえるのはやめて、強制収容所を閉鎖してと頼むべき? 

国強の言った通り、私は北京の高校に進学し、その後、上海の大学に進んだ。彼とはその後一度も会っていない。

今のウルムチの子どもたちが、どうなっているかわからない。民族間の対立で敵対感情を抱いているのか、あるいは漢民族になるために教育されているか、どちらかだと思う。しかし、この子ども時代の体験が、多民族が一緒に暮らすウルムチの原風景であると思っている。

▲子ども時代の体験がウルムチの原風景だと思う イメージ:PIXTA

※本記事は、ムカイダイス:著『在日ウイグル人が明かす ウイグル・ジェノサイド』(ハート出版:刊)より一部を抜粋編集したものです。