日本の内閣総理大臣の動向は毎日、主要な新聞で「動静」という形で一般にも開示される。しかし、“どこで誰と会ったか”くらいの情報で、“何について話したか”までは当然のことながら開示されることはない。元駐ウクライナ大使の馬渕睦夫氏と元ロンドン支局長・岡部伸氏は、菅首相に対し、毎朝30分でいいから、世界情勢についてのブリーフィング(簡単な報告)を受けるべきだったと語る。

※本記事は、馬渕睦夫×岡部伸:著『新・日英同盟と脱中国 新たな希望』(ワニブックス:刊)より一部を抜粋編集したものです。

カストロのブリーフィングに感心

馬渕 私がびっくりしたというか、感心したのはキューバなんです。すでにお二人とも亡くなられましたが、2001年、いわゆる9・11(アメリカ同時多発テロ事件)のすぐあとに、橋本龍太郎元首相がキューバのフィデル・カストロ国家評議会議長とキューバで会談したことがありました。都合8時間くらい会談していましたね。

その際、直近24時間の世界の情報をまとめた書類の束を、担当官が朝方、カストロさんにポンと渡すわけですよ。カストロさんはそれをパパっと読んだだけだったんですが、私はその様子を見て本当に感心しました。

▲フィデル(左端)とゲバラ(右端) 出典:ウィキメディア・コモンズ

キューバのような小国でも……と言ったら失礼ですが、アメリカという大国と対立している以上、情報はまさに国家の命です。だからこそ毎日、カストロさんに24時間の世界の動きを官僚がブリーフしている(要点をかいつまんでまとめる)わけです。やはり情報に対する意識が高い。日本では、首相の動静を見ても、そうした話はどこにも出てきません。

だから、日本もそういう基本的なことからまず始めることだってできるんですよ。直近24時間のいろんなメディアのニュースで出た情報や、外務省・警察・自衛隊などが独自に得た情報もまとめて毎朝、首相にブリーフする。それだけでもやっぱり違います。

岡部 たしかに違いますね。

▲ハバナの革命広場 出典:PIXTA

各省の案件よりも世界情勢のブリーフィングを

——首相には、そうしたブリーフィングの時間があると聞いたことがあるんですが、実際はないのでしょうか?

馬渕 もちろん、一般的には外務次官だとか、国家安全保障局長とかが首相に話はしていますよ。でも、それはいわゆる情報ブリーフィングとしてやっているわけじゃないんですね。結局、各省の案件ブリーフィングが多いんでしょう。

岡部 20分なり30分なりで、何をブリーフィングするか、取捨選択が重要だと思います。ぜひともマインドのいい人に簡潔にまとめて伝えていただきたいですね。

馬渕 おっしゃる通り、これはまた役所の常で、誰がブリーフィングするかで揉めるんですよ。僕は外務次官がやればいいと思うんだけど、すんなりそこにいくかどうかもわからない。

それよりも問題は、首相自身がブリーフィングの時間をとれるかどうか、言い換えると情報に対する意識が高いかどうか、ということにかかっています。関心のない首相だと「めんどくさいから、しなくてもいいよ」なんておっしゃる危険性もあるわけですね。

たとえばアメリカでも、毎朝7時半頃に国家安全保障担当補佐官が大統領に世界情勢をブリーフしています。

日本がファイブ・アイズのメンバーに加わるとしても、これからの激動の世界を生き延びるには、日本の首相たるものの一日は、まず情報のブリーフィングから始まるようにしなければいけない。

幸い、菅首相は見たところ朝早起きですからね(笑)。それなら、朝の散歩の時間にでもたった30分間ブリーフするだけでも全然違っていたはず。

だから、私としてはそういうことをぜひ提言したいですね。意欲だけあればすぐにでもできることなので、やるべきじゃないかと思います。

▲ホワイトハウスでランチを共にするバイデン大統領と菅首相(2021年4月16日) 出典:ウィキメディア・コモンズ

岡部 そうですね。それは提言して、ぜひやっていただきたいですね。そのためには器というか、それをまとめる組織をまず作ってやってもらいたいです。

馬渕 ええ。現状は国家安全保障局のなかで、各省が権力闘争をやっているようにも見えますからね。そんなことをやっているようではダメなんで、まず朝30分は少なくとも首相に世界情勢のブリーフィングをやる。そういうことの実践から始めたらどうかなと思います。