「中国大返し」の舞台裏
NHK大河ドラマ『麒麟がくる』は、あの世から楽しみに見せていただきましたが、わたくし羽柴秀吉の妻である寧々は、なんと最後まで登場しないままでございました。
銀粉蝶さんという変わったお名前の女優さんが演じられた義母のなか(大政所)は、京へたびたび出没して、望月東庵先生に針治療などしていただき、駒さんにもやさしくしてもらっていたというのに、すっかり拍子抜けでございました。
今年の大河ドラマは、私たちが死んで二世紀半もあとの渋沢栄一という方が主人公ですし、来年は私の生まれる三世紀ほど前の北条義時という方が主人公だそうです。その次、つまり2023年は、あの憎っくき德川家康さまが主人公とのこと。
最後は煮え湯を飲まされてしまいましたが、私の夫である秀吉が存命のあいだは、このうえなく、誠実そうに見えて、良い関係でしたから、私の登場する機会も多いと思います。きっと、若いころの私に似た、可愛い女優さんが演じてくださることを期待しておきます。
けれどもまだ、好評だった『麒麟がくる』が終わったばかりでございますし、本能寺の変の真相とか、光秀さまは生きているのでないかと歴史ファンの方々の論争は続いているようですので、まずは、このときの本当のお話をさせていただききたいと思います。
『麒麟がくる』では、細川藤孝さまが光秀さまの様子がおかしいことを内々に知らせてくれて、佐々木蔵之介さん演じる秀吉が「もしかして、毛利など相手にしておる場合ではないぞ、さっさと片付けて帰り支度じゃ……これは面白いことになる」とつぶやき、信長さまの死を予期していたことになっておりました。
さすがに、秀吉が黒幕だということでなくホッといたしましたが、驚異的なスピードでの「中国大返し」。つまり、備中高松城を水攻めしながら毛利軍と対峙していたのに、それと講和して、本能寺の変からわずか11日で山崎の戦いに勝利できた謎を、この事前通報があったということにして解いてみせたわけでございます。
しかし、細川さまが謀反の計画を知って、あちこち手紙で知らせるというのはご自身にとって危険すぎますので、ちょっと不自然でございます。
もちろん本能寺での出来事には、長浜城にいた私も、備中の陣中にあった秀吉にとってもびっくり仰天だったのでございます。ただ、なぜ中国大返しができたかは、そんなに不思議ではありません。
信長さまが、突然、亡くなられたらどうしようということは、秀吉でなくとも誰もが考えていたことでございます。令和の時代のように、たいていの人が平均寿命に近い年齢まで生きられる、というわけでなかった時代でした。ですから、それは当然でございましょう。
それに戦国の世ですから、戦争で思わぬ敗戦や奇襲を受けることもございますし、部下に裏切られて命を落とすことも珍しいことではありませんでした。
ですから秀吉も、信長さまに“もしものこと”があったらどうしようということは、常に考えていたのでございます。それでは、信長さまにもしものことがあったのなら、天下を取れると思っていたのでしょうか。いえいえ、それはありませんでした。