アメリカ大統領選挙の際に「われわれの大量の血と大切な人々を犠牲にし、アフガンと中東で続いている永遠の戦争を終わらせる」と公約したバイデン政権になって、アフガニスタンはどう変わったのでしょうか? なぜ、アフガンから米軍は撤退しなければいけなかったのか。博覧強記の郵便学者・内藤陽介氏がアフガンの現状を解説します。

アメリカの「全面撤退じゃないですよ」という逃げ道

2020年2月の米国とタリバンの停戦合意後、内戦の終結に向けて、カタールのドーハでガニー政権とタリバン代表の和平交渉が始まりました。しかし、将来の国家体制などをめぐる対立から交渉はすぐに暗礁に乗り上げます。

この間、タリバンは政府軍への攻撃を続けて南部や北部などで支配地域を拡大して、国土の半分以上を実効支配することに成功しました。そして、2020年後半以降、南部のカンダハル(カンダハール)州や北部のクンドゥーズ州などで冬季攻勢を強めてカンダハール(カブールに次ぐ第2の都市)にも迫り、同年末の時点でカンダハールの政府軍に勝利。政府軍は検問所約200カ所を放棄して同地から敗走したそうです。

こうして各地を占領したタリバンは、占領地に厳格なイスラムの規律や夜間外出禁止令を敷きました。さらに、住民らのスマホを破壊し、音楽も禁止したほか、政府軍の攻撃に備えて住宅地にトンネルを張り巡らし、道路に爆弾を仕掛けていきます。クンドゥーズ州でもカブールに続く高速道路がタリバンに占領され、交通網も寸断されました。

ところで、ちょうどその時期におこなわれていた2020年の米国大統領選挙では、民主党候補のバイデンも「われわれの大量の血と大切な人々を犠牲にし、アフガンと中東で続いている永遠の戦争を終わらせる」と公約していました。

バイデンの公約の実質的な内容は、はっきり言ってトランプ政権のアフガニスタン政策とほぼ同じです。ただ、この時点では、米軍に従ってアフガニスタンに派兵していたNATO諸国などに配慮して、アフガンから「“圧倒的多数”の米軍を帰還させる(=少数の米軍は駐留を続ける)」と表現していました。対外的なポーズとして「いやいや、全面撤退するわけじゃないよ」と言える“逃げ道”を用意していたわけです。

▲ジョー・バイデン 出典:ウィキメディア・コモンズ

しかし、2021年1月にバイデン政権が発足すると、翌2月には米議会の超党派組織「アフガニスタン研究グループ」から「米軍がアフガニスタンから全面撤退すれば、国家崩壊を招いて内戦が激化する」と警告する報告書が出されます。

そのため、バイデン政権は発足直後からアフガン問題に関してトーンダウンしてしまい、“撤退延期”も含めた選択肢の検討を開始するという曖昧な姿勢になっていきます。

実力はないのにゴネるガニー政権

こうして「アフガンをこのまま放置できない。かといっていきなり撤退して“イチ抜け”もできない」という状況になったバイデン政権は、2月末に新たな和平案を出しました。内容は次のようなものです。

  1. まずガニー政権が「統治、権力分担、(その他の)本質的原則についてタリバンと協議するための明確な目標」を打ち出す
  2. そのうえで、ガニー政権とタリバンが話し合いで数週間以内に“暫定政権”を樹立し、新憲法を策定した後、選挙を行って新政権を発足させる。
  3. 暫定政権は、“大統領と数人の副大統領(大統領制)”ないしは“大統領と首相(議院内閣制)”のいずれかの形態で、暫定政権の大統領らは将来の新政権には参画できないようにする。

要するに「ガニー政権に実力がないのは誰がどう見ても明らかだから、さっさと実力者のタリバンを交えて暫定政権をつくれ。ただし、中立性を担保するために、暫定政権の幹部は新政権に参加できないようにしておけよ」ということです。

しかし、この和平案をガニー政権は「選挙以外で政権が交代することはない」と拒否しました。では、自分たちの実力でタリバンを抑えられるのかというと、そんなことできるわけがありません。

▲アフガニスタン大統領アシュラフ・ガニー 出典:ウィキメディア・コモンズ

そうこうしているうちに、 8月30日に米軍が撤退すると、米国の支えを失ったガニー政権はタリバンにあっさりと首都カブールを制圧されて崩壊してしまいました。

ところで、NATOやオーストラリアは「アフガンの民主化」という大義名分の下、米軍に従ってアフガニスタンに派兵して多大な犠牲を払ってきました。彼らからしてみれば、米軍がその目的を達しないまま、いち早くアフガニスタンから撤退しようとすることに不満を持つのは当然です。

そんな折、2021年3月から4月にかけて、ロシアとウクライナの緊張が高まり、クリミア情勢が緊迫化していきます。

 4月15日、選挙期間中からロシアを米国の“主敵”とすることを明言していたバイデン政権は、これを理由に包括的対露制裁を発動するとともに、前日の14日には、2021年 9月11日までに米軍がアフガニスタンから撤退することを表明。

すると、NATOと(クリミア情勢とは直接の関係はないはずの)オーストラリアまでもこれに同調し「クリミア情勢に集中するため」という理由で、アフガニスタンからの撤退を表明しました。要するに、彼らとしても、米軍に従ってアフガニスタンから撤退する大義名分を探していたわけです。