更生施設にいた男が出所後も番号「45」で呼ばれる。己の名前を取り戻すには更生しなければならない。「更生」とは何か――お笑い芸人・福田健悟が自身の過去をリアルに綴るノンフィクションとフィクションがすれ違う異色のファンタジー小説。「本気でやんなかったら、全員で袋にするからな」。高校への入学を前にした福田を大アクシデントが襲う!

善にも悪にもなりきれなかった少年時代

子どもの頃に家族でご飯を食べにいったら、店員さんがドラえもんのオモチャをくれた。

これは蛇口に装着をすると、ドラえもんの口から水が出る仕組みのオモチャだ。しかし、帰宅後に家の中を探しても見当たらず、母に所在を確認した。この質問に、子どもとしては衝撃の答えが返ってきた。

「あー捨てた、捨てた」

なんてヒドイことをするのだろう。あまりのショックに大号泣。母親に対して疑心暗鬼になっていたが、あらためて家の中を見渡してみると蛇口にはドラえもんが付いていた。

正解は“捨てた、捨てた”ではなく“付けた、付けた”だった。こんな勘違いで号泣する子ども時代。ようするに普通の子どもだったのだ。

小学生の頃は、近所のお兄さんと一緒に悪さをして遊んでいた。小野啓介くんだ。この頃は悪いことをしているという自覚はなく、同時に良いことも無自覚にしていた。勝手に人様の土地に忍び込んで遊んだこともあるが、盲目の人を助けて感謝状をもらったこともある。

つまり、小学生時代の善と悪のバランスは半々だったのだ。しかし中学の頃には不良に対する憧れを持ち始めていた。当時は携帯電話を持っていなかったのもあって、母親の携帯を使って友達と連絡を取り合っていた。

「今日1対10で喧嘩になって、全員を病院送りにした」

これは嘘のメール。今になって思えば無意味な嘘だが、当時は送信相手に伝説の不良だと思われたかった。このメールを送ったあとで、携帯は母の手元に戻る。まさかメールをチェックされるとは思わずに、そのままにしておいた。

これが原因で家族会議が開かれる。学校から帰ると、テーブルの真ん中に携帯がポツンと置かれていた。母の顔は険しい。そこに姉も同席して、メールの内容を問い詰められた。

どれだけ否定しても信じてもらえない。本当のことを信じてもらえないならまだしも、嘘を信じてもらえないというのは不可思議な状況だ。あんなに全力で、自分が偽物の不良であると熱弁をふるったのは、後にも先にもあのときだけだ。

このことからも明らかなように、中学の頃は悪にも善にもなりきれていなかった。中学を卒業する少し前に、高校には不良がたくさんいるという噂を耳にした。それが怖くて、地元で1番の呼び声が高い『ギャングイーグル』に入りたいと、願望を口にしていた。

すると友達の1人が、先輩のギャングイーグルのメンバーを紹介してくれた。小野木さんだ。小野木さんは中学時代の2個上の先輩。学内で1.2を争う不良。接点はまったくない。

「小野木くん、コイツをギャングイーグルに入れてやってくれない?」

「おぉ。じゃあ集会に来いよ」

すんなり承諾をしてもらえたものの、何時にどこに集合すればいいのかも言われなかった。このまま時が流れること1か月。周りからは、ギャングイーグルに入ったかどうかを聞かれる。最初のほうは否定をしていたが、段々と受け入れるようになった。

周りの驚く様子を見て、少しずつ自分からも吹聴するようになっていった。簡単に言えば、図に乗っていたのだ。このときに口は災いのもとになる、ということを身をもって体感した。