更生施設にいた男が出所後も番号「45」で呼ばれる。己の名前を取り戻すには更生しなければならない。「更生」とは何か――名前を失った男が名前を取り戻すためにもがき苦しむ物語。お笑い芸人・福田健悟が綴る、善と悪の定義が問われる自伝的ファンタジー小説。主人公は鑑別所で知り合った相方・エルビンから衝撃の事実を告げられる。

募金をすると30秒だけ自分の名前が戻ってくる⁉

「カランコロンカラン」

入れ違いでエルビンが入ってきた。去り行く男のことを目で追っている。しばらく立ち止まったあとで振り返ると、僕の存在に気づいた。会うのは鑑別所のとき以来だが、懐かしさに浸る間もなく驚きの言葉を放った。

「アイツ、法務省のやつか?」

なんでわかったんだ? まだ名刺の話はしていない。あの男を追いかけたいという衝動が少しずつ和らいでいく。エルビンが差し出した名刺を見ると、別の男の名前が書いてあった。

法務省 特別監査室 呼称返還係 荒川芳雄

「お前のとこにも来たんだろ?」

僕は何かに突き動かされるように、胸ポケットからさっきの名刺を取り出した。それを見るまえに、エルビンはメニューを見始めた。会話の続きを進めながらメニューを見てほしいと思うくらい、答えを急いでいた。

エルビンはアイスコーヒーを頼んだ。じゃあメニューを見る必要なかっただろ。そう思ったが、本題に入るまえにへそを曲げられては困る。時間を無駄にされた憤りは胸にしまって、貧乏ゆすりで小さな抵抗をするというアピールをした。

「ごめん、待たせたな。俺たちは留置所に入って番号で呼ばれてから、名前を失ってるんだ。この話をするために今日は呼んだんだよ」

冗談を言っている素振りはない。にわかに信じがたいが、最近の出来事を考えると信じざるを得ない。どうやらエルビンの所にも、名刺を持った男が現れたようだ。エルビンは立ち去ろうとした相手を捕まえて、いろいろと話を聞いたらしい。

すると、「法務省呼称返還係」の仕事内容がわかった。再犯率が多い日本を建て直すために、法務省が特別監査室という部署を立ち上げたと言う。この部署の役割は、不思議な力を使って犯罪者から名前を奪うこと。名前を取り戻すには、更生をしなければいけないみたいだ。

「そんなこと言われても信じられねーだろ? でもソイツが試しに募金をしてみろって言うから、近くのコンビニで募金したんだよ」

「そしたら?」

「名前は戻ってた」

「じゃあ今、お前は名前で呼ばれてるのか?」

「いや戻ったのは30秒だけだった。詳しく聞いたら、良いことをしたときに名前が戻るっていうのは本当だけど、良いことの種類によって名前が戻る時間は変わるって言うんだ」

「よ、よくわかんねぇな……」

「嘘だと思うなら、募金してから携帯のメール画面を見てみな」

すべてを鵜呑みにするには展開が早すぎる。猜疑心の塊のような顔をしていたのかもしれない。それも無理はないと理解を示してほしかった。早く真実を知りたい。立ち上がりながら携帯を取り出して、メール画面を開いた。送信者名は「45」。

募金をしたら本当に名前が戻るのだろうか。エルビンに早くアイスコーヒーを飲むように促してレジに向かった。いつもならレジでおばちゃんと二言三言やり取りを交わすが、今日はそんな気分になれない。募金箱に1円を入れて外に出た。

メール画面を開いて、送信者の名前を見ると「福田健悟」と書いてある。エルビンが言うには、募金で名前が戻るのは30秒。1、2、3、4……。

心の中で秒数を数えている間は、周りの世界が止まっているようだった。30秒後にどうなっているのか。それ以外は何も考えたくない。クラクションの音だけが邪魔だった。名前のままであって欲しい気持ちもあるが、番号に戻ってほしい気持ちもある。

あと6秒。時間が長く感じる。26、27、28……。デジタル時計の時刻が変わるような動きで、送信者の名前は「福田健悟」から「45」に変わった。

「嘘だろ。これ、世間の人が知ったら大ニュースになるんじゃねーか?」

「俺もそう思ったんだけど、大抵の人には信じてもらえないし、SNSでこのことについて書き込みをしようとしても文字が消えちゃうんだよ」

「そうか。教えてくれてありがとうな」

「あと1つ。俺たちがいた鑑別所には他にも3人いただろ?」

「あぁ、114と21と55さんだろ?」

裕太と良輔と小宮さんだ。

「その3人にも連絡をしてみたんだよ。でも3人とも自分が番号で呼ばれてる認識がなかったんだ」

「認識がない?」 

「例えば、俺が裕太の名前を呼んでも、裕太は自分のことを114だと思ってるんだよ。だから俺は自分の頭がおかしくなったのかと思ってたんだ。そのときに例の名刺を持った男が現れてさ。それで根掘り葉掘り聞いたら、名前と番号を区別できないヤツは、善と悪のバランスが悪に傾いてるってわかったんだ」

懐疑的ではあったが、ドラマのようなこの状況に少し面白味を感じ始めていた。一緒に謎を解明できる相手はエルビンしかいなかったが、自分より詳しく真相を知っているのは頼もしかった。

とりあえず今は、何をすれば名前が戻るのかを試したい。用が済んだらサッサと帰すようで失礼だとは思ったが、エルビンとはここで別れた。駅に着いて電車に乗った。

「プシュー」

電車の扉が開くと、早速お年寄りが乗ってきた。募金の場合は30秒しか「福田健悟」にならなかったが、席を譲った場合はどうなるのだろう。感謝をされても反応は示さず、メール画面を開いた。

「福田健悟」

名前になっている。1、2、3……。30秒経っても「45」には変わらない。募金より席を譲るほうが良い行為なのか!? 1分30秒経過。未だ名前はそのままだ。一体このルールはなんなんだ。どういう基準で誰が作ったんだ?

「45」は、次回10/29(金)に更新予定です。お楽しみに!!


プロフィール
 
福田 健悟(ふくだ けんご)/吉本興業所属
平穏な家庭に育つも、高校生になり不良の道へ。地元、岐阜県で最大の規模を持つ不良チームのリーダーとなる。18歳の頃、他チームとの抗争が原因で留置所に2週間、鑑別所に2週間の計4週間を更生施設で過ごす。週に1回の入浴、美味しくないご飯、笑うことが許されない環境で生活をして当たり前の日常の大切さに気づく。そもそも子どもの頃になりたかったのは、お笑い芸人だった。周りにナメられるのが嫌で言い出せなかった。不良を演じて虚勢を張っていた。出所後は本当の自分になることを決意し、お笑い芸人を目指して上京する。わずか10万円を握りしめての東京生活。コンビニでアルバイトをしながらも舞台と日常を分けずに常に芸人としての自分を貫く。すると近所で評判のコンビニ店員になる。「あのお兄さん大好き」「接客のプロ」とたくさんの称賛をいただきながら実感する。人は変われる——。世間から忌み嫌われていた不良が世間から愛される人間に更生した。人生における全ての「負」から立ち直った経験を生かして、他人のありとあらゆる「負」も更生する。つまらない時間を面白い時間に「更生」するため、お笑い芸人として活動中。Twitter→福田健悟@ganeesha_fukuda