「健悟。タケルが死んじゃった」。親友からの突然の電話に呆然とする福田健悟。信じられない、信じたくない。憔悴しきった福田を支えてくれたのは彼女のマヤだった。しかし、そんなマヤに信じられない、信じたくない衝撃の事実が発覚する――!

いつも笑っていたタケルの姿が頭に浮かぶ

「俺も最初は信じられなかったけど、学校に行ったら、今から皆でタケルの家に行くって」

ダメだ。笑わないと冗談が通じないヤツだと思われる。違う。冗談じゃない。違う違う違う違う。何度も自分に言い聞かせた。徐々に鼓動が早くなっていく。電話を切って、すぐに母に送ってもらうよう頼んだ。

とにかくタケルの所に行かないといけない。何かを考えるより先に体は動いた。車に乗り込んだ瞬間に考えたくないことが頭をよぎる。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。外の景色や聞こえる音の全てが邪魔だった。ゆっくりと切ない感覚が押し寄せる。

「ちょっと信じたくないよ」

誰かと言葉を交わしたかったが、母は言葉を発さない。ルールを重んじる母が、法定速度を超えたスピードで車を走らせているのがわかって、胸が締めつけられた。

タケルの家の近くには学生たちがたくさんいた。そのなかに電話をくれた友達がいて、部屋まで案内してもらった。すぐにわかった。あの部屋の向こうにタケルがいる。だが、部屋の中には見る影もない姿のタケルが横たわっていた。

「本当にタケル?」

「手のタトゥーがタケルのと同じなんだって」

受け入れるしかなかった。頭に浮かぶのは笑っているタケル。もう二度と見ることはできない。バイク事故だった。

奥にはタケルの両親が立ち尽くしているのが見える。部屋の前で待っている仲間たちのためにも早く出なければいけない。わかっていても体が言うことを聞かない。この場にいる全員が同じ状態だったと思う。

「行こっか」

誰かが先陣を切って発したこの言葉に続いて、1人また1人と部屋をあとにした。

タケルと最後に会ったのは、人の代わりに喧嘩をしていたとき。あのときのタケルは、僕が相手をやっつけてもうれしそうじゃなかった。

思い返してみれば、危険を顧みない僕の姿を見て、何かを感じていたようにも思える。実際に何度も危険な目には遭っていた。ひょっとしたら、タケルは自分の死期を悟っていたのかもしれない。

あれから僕とタケルは連絡をとらなくなった。心のどこかでタケルの態度に少し引っかかっていた。なんで助けたのに、うれしそうじゃないんだ? 昔は喜んでくれてたのに。このまま連絡がないなら、ないでいい。そう思っていた自分が許せない。

喪失感を抱えたまま葬儀に出た。久しぶりの仲間たちと目が合っても、挨拶は心の中でするだけ。弔いの気持ちに専念できるほど心に余裕もなかった。

ボロボロだった僕を救ってくれたマヤのひとこと

学生たちの人数が多すぎるのもあって、火葬は家族だけで行われることになった。僕たちは帰宅を余儀なくされる。携帯は家。近所の友達のお母さんが車で送ってくれた。

家族は夕飯も食べずに待っていてくれた。その思いも汲み取らず、真っ直ぐ自分の部屋に行き、ソファで無気力状態に陥っていた。テーブルの上に置いてある携帯が目に入る。マヤから何件もメールがきていた。

『タケルの葬式に行ってた』

これだけ打って、数十分後に着信の音が鳴るまでの記憶がない。電話に出て窓の外を見ると、マヤの車が止まっていた。メールを受け取って、すぐに車を走らせてくれたようだ。重い腰を上げて駐車場まで降りた。

いつもより口数が少ない僕を見て、何を思っていただろう。そのまま彼女の家に向かった。このときにマヤが言ってくれた言葉は、少しだけ心を軽くしてくれた。

「健悟。私にはわかるんだけどね、今タケル君は、健悟の後ろで佇んでるよ。温かい感じがする。私にはわかるんだ」

唯一の救いだった。余計なことを言うわけではなく、必要な言葉だけを投げかけてくれる。マヤの家に着いて、時間の経過とともに少しずつ傷は癒えていった。特に何かをしたわけではない。ただ一緒に布団の中に入って目を閉じただけだ。寝息が聞こえる。

「ピロン」

マヤの携帯の音に反応して、何気なく目をやると、画面に送信相手のメールがうつしだされた。

『温泉はどう?』

温泉? 今は家だ。誰かが送る相手を間違えたのだろうか? 送信者の名前は男。ひょっとして浮気相手? あり得ない。連絡を受け取って、すぐに家まで来てくれるような優しさを持っていて、浮気なんてするわけがない。

気にしなくていい。そう自分に言い聞かせれば言い聞かせるほど、心がザワつき始めた。寝ているマヤを起こしたくはない。疑っているとも思われたくない。悪い答えを聞きたくもない。でも、何かに突き動かされるようにマヤを起こして、気づいたときには疑問をぶつけていた。

「これ何?」

「……」

暗闇の中で携帯の画面が、マヤの顔を照らしている。下をうつむいて何も答えない。

「黙ってたら、わかんないから」

もうわかっている。黙っているのは、首を縦に振っているようなものだ。同じ質問はしたくない。ただ感情だけは吐き出さずにいられなかった。答えなくていい。ハッキリ聞きたくはない。これ以上は受け取め切れない。自分の勘違いだったという可能性を残しておかないと壊れてしまう。

「健悟……」

「もういい。終わりにしよう。送ってってくれ」

100%浮気をしているかどうかはわからないが、疑念を抱いて自分から関係にピリオドを打つ。こうしないと尊厳の崩壊と共に、大切な何かを失う気がした。嘘でも事実を否定してほしかった。マヤは何も言わずに運転をしている。僕の方から助け舟を出す必要はない。

このまま終わるのか。家を目前にして諦めかけていたときに、マヤは泣いて懇願し始めた。泣きたいのはコッチだ。

「帰ってほしくない。まだ健悟と一緒にいたい」

「じゃあ何か言えよ」

「気になった人からだったから、健悟といること隠しちゃったの。ごめんなさい。あの人とは何もないから。あとで連絡先も消すから」

もうボロボロだった。タケルを失って、心のガラスにはバキバキにヒビが入っていた。ほんの少し触れただけでも割れそうな状態。もしマヤが浮気を認めていたら、修復不能なほど粉々に砕け散っていたと思う。

「それ嘘だったら、マジで終わりだからな」

「え!? じゃあ戻っていいの!?」

マヤは謝罪と復縁の喜びを繰り返し言葉にした。これでいい。すんなり許してしまっては自分が惨めになる。時間をかけて元の関係に戻るつもりで、来た道を引き返した。