小佐野景浩氏だから書けた『至高の三冠王者 三沢光晴』

三沢に関連した書籍は、これまでも数多く刊行されてきた。自伝、己のプロレス論をテーマにした本、サイトで掲載していたざっくばらんな日記をまとめた自著をはじめ、フリーライターや妻によるノンフィクションなど、そのバリエーションは豊富である。

そして13回忌を迎えた2021年12月に発売されたのが『至高の三冠王者 三沢光晴』である。著者は元・週刊ゴング編集長であり、現在はライターやテレビのコメンテーターとして活躍する小佐野景浩氏だ。

“プロレスティーチャー”と呼ばれる小佐野さんの作品ならば、そのクオリティーは読む前から保証済みである。小佐野さんが書かれた記事は、知識量と客観的視点、物事を伝える的確さが圧倒的だ。

レスラーや関係者には「小佐野さんが書くなら、ここまで言える」「小佐野さんになら、なんでも話せる」という厚い信頼があり、その深い関係性はきちんと読み手に還元されている。

じつは、私はもともと『週刊プロレス』の読者だったため、少年時代は小佐野さんの記事を読んだことは少なかった。しかし、2002年に運命的な出会いを果たす。それが日本スポーツ出版社から発売された『天龍同盟十五年闘争』だ。

この本を読んでから、私は小佐野さんのファンとなった。元週刊プロレス記者である市瀬英俊氏の著書『夜の虹を架ける』、小島和宏氏の著書『憧夢超女大戦 25年目の真実』も読んだことがあるが、いずれも記者の主観が強めに味付けされている印象を受けた。これこそが“週刊プロレスイズム”……というより、市瀬氏と小島氏の上司だった、週刊プロレス編集長ターザン山本氏のイズムそのものなのかもしれない。

その一方で、元・週刊ゴング編集長である小佐野さんの文章表現は、物事の事実や史実を伝えることを優先しており、自身の主観は極力省き、写実的に文章を書くことを念頭に置いている印象が強い。そこには長きにわたる取材で蓄積されたデータベースもあり、物事の本質を丁寧に伝えるという手法こそが、“週刊ゴングイズム”ではないかと思う。

▲週刊ゴングが熱闘をどのようにレポートしたかも見えてくるはずだ

「三沢光晴」という名前をこの世に残したい

2020年に『永遠の最強王者 ジャンボ鶴田』という“最強”の大作を執筆した小佐野さんにとって、三沢光晴をテーマにした本は“至高”の大作と言えるかもしれない。三沢とはプライベートでも交友関係があったという小佐野さんは、三沢について次のように本の中で綴っている。

「大口を叩かず、弱音を吐かず、愚痴も言わず、大上段に構えることなく、自然体で、さり気なく命懸けのプロレスをやってしまう三沢光晴は、取材対象として最高にカッコいいプロレスラーだったし、仕事を超えて尊敬の念を抱いた人物でもあった」
【『至高の三冠王者 三沢光晴』「はじめに」より】

▲常に命懸けの試合を見せてくれた三沢光晴にファンは熱狂した

『永遠の最強王者 ジャンボ鶴田』には、今でも根強い“日本人レスラー最強説”が謳われている鶴田の権力に背を向けた、その人間像に迫るという壮大なテーマがあった。では『至高の三冠王者 三沢光晴』は、どんなテーマで描かれているだろうのか。

「本書は、純プロレスを貫き、プロレスファンを魅了した、三沢光晴を分析・検証するものである。それは“三沢光晴”というフィルターを通して、80年代、90年代の全日本プロレスを描くことでもある。また、三沢の一生涯を描くのではなく、あえて1998年5月1日の東京ドームにおける川田利明戦までに焦点を絞った。なぜかは最後まで読んでいただければご理解いただけると思う」
【『至高の三冠王者 三沢光晴』「はじめに」より】

幼少期と足利工大附属レスリング部のエピソードを丁寧に掘り起こし、全日本プロレスの若手時代から2代目タイガーマスクを再検証し、超世代軍と四天王プロレス時代を深く考察する――まさに三沢光晴の青春期を追ったノンフィクションであり、敢えて1998年5月1日の川田利明戦までに絞ったところに、小佐野さんが自らに課した三沢本のテーマが浮かび上がってくる。

どのような証言が出てくるのか? 小佐野さんが、プロレスに殉じた三沢の強靭な心と生き様を、どこまで解き明かすことができたのか? また、なぜタイトルが『至高の三冠王者』なのか? その答えは本を読んで確認してほしい。「小佐野さんの作品に外れはない」という安心感を持って読み進めてほしい。

「三沢光晴という名前をこの世に残したい」

プロレスラーになる以前、三沢が抱いていたこの大志は鮮やかに叶った。そのプロレスと人間性に魅せられたファンは世界中にいて、これからも彼のプロレスに出会う人間はあとを絶たないはずだし、三沢光晴が今もファンの心の中で“至高”の存在である理由を知ってほしい。

現在の世の中はネット社会。松田優作やブルース・リーのように、三沢光晴の功績や伝説は国境も時代も越えて「永遠の神話」として伝承されているし、『至高の三冠王者 三沢光晴』は神話を後世に残す伝記そのもの。プロレス界の英雄は、たとえ目の前にいなくても、その不屈の魂や生き様はこれからもこの世に息づいていくだろう。

▲本の中には小佐野氏しか知り得ないエピソードも描かれている

ジャスト日本(じゃすと・にほん)
プロレスやエンタメを中心にさまざまなジャンルの記事を執筆。2019年からなんば紅鶴にて「プロレストーキング・ブルース」を開催するほか、ブログやnoteなどで情報発信を続ける。著書に『俺達が愛するプロレスラー劇場Vol.1』『俺達が愛するプロレスラー劇場Vol.2』『インディペンデント・ブルース』。Twitterアカウント:@jumpwith44