ルーズべルト政権の真実を暴いたヴェノナ文書

江崎 そうです。アーカイブがきちんとあれば、どんなことにも対抗できるんです。例えば、僕の専門である「ヴェノナ文書〔第二次世界大戦後、ルーズヴェルト政権内に多数のスパイが潜入していたことを暴いた文書〕」なんて、アーカイブの話そのものですからね。

倉山 そうですよね。

江崎 アメリカ陸軍情報部がやっていたヴェノナ作戦の文書というものを、彼らはきちんと記録として残しているんです。そして、その記録に対してどういう分析をしてきたのかという記録も残している。さらにはイギリス情報部やFBIと、どういう連携をして調査してきたかという情報もきちんと残している。

分析過程に関する文書も残し、あとでどうしてこういうふうな判断をしたのか、ということもきちんと追っていけるように文書化している。そして、それらをまとめてパッケージとして出したんです。

アメリカの保守系は「ルーズベルト政権下でソ連がこのようなスパイ工作をやっていた」と主張していたのですが、リベラル系は「それは嘘だ」と反論していたわけですよ。ところが、きちんとした公文書が残っていて、アメリカ陸軍情報部が出してきた。そこでようやく「ルーズベルト政権下でのソ連の工作は事実だった」となったんです。

▲日本への宣戦布告を行うルーズベルト米大統領 出典:ウィキメディア・コモンズ

倉山 学会多数派がやっていたヴェノナ文書否定論は、全く文書学(もんじょがく)に基づいていない議論ですよね。自分らにとって気に入らない内容だから「偽物に決まっている」みたいな、低レベルのことしか彼らは言っていないですからね。だって、日本では江崎先生のことまで陰謀史観だ、みたいに言う人がいるじゃないですか。

江崎 根拠があいまいな陰謀論と、政府の公刊情報に基づいた分析を混同する人が多いですからね。しかし、僕が主張しているのは、政府の公刊情報に基づく分析であって、根拠があいまいな陰謀論ではない。

僕は一貫して「ヴェノナ文書というのはアメリカの陸軍情報部のちゃんとした文書なんだ。政府の文書に基づいた議論と新聞とか、一部の言論人が言っている議論とをごっちゃにしないでくれ」と言っているんです。ですが、この本に書かれている議論がわからないと、僕の言っていることがわからないんですよね。

倉山 文書学の方法って、簡単に言えば5つあるんですよね。

いつ(文書の作成日)、誰に向けて(宛所)、誰が作った(作成者)、どんなものなのか(内容)の4つと、あと1つが「伝来の素因」(その資料がいつ発生して、今に至るまでどういう経過でここにあるのか)です。ある種、骨董品の真贋鑑定ですよね。もともと古文書学は骨董品の真贋鑑定から始まっていますからね。

江崎 そうですね。

倉山 「ヴェノナ文書」のように、ここはわからないけれども、こういう経過なのでわかるという「伝来の素因」がしっかりしているものに対してさえ、内容が気に入らないから偽物だという人たちがいるけど、それは間違っていますよね。内容の批判や真贋については、あとからやればいいことですから。

本物であっても、そこに間違った情報が含まれているものはあります。逆に偽物にだって貴重な情報がいろいろあることもあるわけですからね。そういったことは、古文書学の基礎の理論なのに「内容が気に入らないから偽物だ」と言われても困りますよね。

江崎 アメリカでも、ヴェノナ文書に対する批判はもちろんあります。ですが、それらの批判は、ヴェノナ文書の「解読の仕方」についての批判なんです。ヴェノナ文書そのものの機密電報は、AからBへとか書いてある。そのAが誰でBが誰で、ということの解読の仕方についての批判はあるんです。Aと書いてあるのはアルジャ―・ヒスの話ではない、それは別の人間じゃないのか、といった批判はあるんです。

当時のCIAもアメリカ陸軍情報部も、イギリス側の公文書を照らし合せながらヴェノナ文書というものが、一定のファクトに基づいたものであると(トリプルチェックをしているということも含めて)分析をしたうえで、アメリカの公式サイトにオープンしているんです。そこまで丁寧な作業をやっているので、ヴェノナ文書自体が偽物だと言う人はいないんです。

倉山 日本の、変な歴史学者が未だに言っているんですよね。

江崎 だから、今言ったような歴史的な手続きまで、このアーカイブの議論に基づいてやっているんだということを、僕は本の中でも書いているんですが……皆さんあんまりそういうところには関心がないらしくて(笑)。いきなり内容のほうに行っちゃうんですよね。その手続き論こそが大事なんですということを僕は言っているのだけど、なかなかわかってもらえないです。


〇インテリジェンスとアーカイブの密接な関係~救国のアーカイブ[チャンネルくらら]