「公文書管理」とは聞き慣れない言葉であるが、これこそが日本を救うカギになると、憲政史研究家で一般社団法人 救国シンクタンク所長の倉山満氏は『救国のアーカイブ -公文書管理が日本を救う-』で述べています。公文書管理が日本を救うとはどういうことなのか。インテリジェンス・近現代史研究の第一人者、江崎道朗氏との対談から解き明かします。
※本記事は[チャンネルくらら]で配信された江崎道朗と倉山満との対談をテキスト化し、一部を抜粋編集したものです。
「歴史戦」での勝敗は文書を残しているかで決まる
倉山満(以下、倉山) 江崎先生には発行後間もなくFacebookに本書(『救国のアーカイブ -公文書管理が日本を救う-』)の書評をお書きいただきまして、ありがとうございます。
江崎道朗(以下、江崎) いえいえ、とんでもございません。いい本を書いていただいてよかったです。
倉山 ありがとうございます。ところで、今回のテーマは「インテリジェンスとアーカイブの密接な関係」なんですが、江崎先生は公文書の専門家でもないのに、なぜこんなにもアーカイブに詳しいんですか? アジア歴史資料センター(略称:アジ歴)についてもかなりお詳しいですよね。
江崎 詳しいも何も……この本でも慰安婦問題、南京事件、終戦の詔書や太平洋戦争について書いていらっしゃいますけど、いわゆる「歴史戦」では、どれだけきちんと文書を残しているかで、勝てるか否かが決まるんですよ。
その大事な文書管理が、日本はまったくできていない。終戦時のゴタゴタで、大切な文書類を焼いてしまったといったことはあるのですが、そのあとでもきちんとした記録を作っていないのです。それが、戦後の歴史戦において、日本が中国や韓国から一方的にやられている1番の原因じゃないでしょうか。
倉山 そうなんです。文書を作ってはいるのですが、整理ができていないんですね。東京裁判では「一方的に断罪された」みたいなことをよく言われます。反論したって通らないものなんですが、あの裁判では、反論しようにも、重要な公文書類を焼却してしまっていたので、実際、どうやって反論したらいいのかわからなかったんです。そういった反省が、最近になってようやく出始めていますね。
江崎 それは当然ですよ。記録をきちんと残していく。それも「政策決定に至る過程をきちんと残していく」ということがあって、まともな歴史研究ができるわけですからね。例えば、東京裁判では「満州事変以降の日本は、一貫して世界侵略を、国の野望としてやっていたんだ」というようなレッテル貼りが行われたわけです。
それに対して、いやいやそれは違う。例えば、満洲に対して日本はこうやるぞと書いている。政策決定の背景にはこういうものがあったんだ、といったような文書がきちんと整理されていれば……大本営や軍、外務省が、当時どういう指令を出していたのかがわかる文書が残されて、きちんと整理されていれば「あなた方は言いがかりつけているだけで、実際、日本の内部ではこういう議論が行われていたんだ」ということで、反論できたわけですよ。
倉山 まさに、その時代に世界征服という文脈でいうと「田中上奏文〔田中義一首相が昭和天皇に世界征服計画を上奏したとされる文書〕」っていうのがあるじゃないですか。これについても、なんで死んだはずの山縣有朋がそこに出てくるんだ、とかいった中身(コンテンツ)の議論というのは山のようにありました。でも、決着をつけたのは「じゃあ、実物を見せろよ」というフォーマットの議論だったんですからね。
江崎 そうです。
倉山 結局、あれについては誰も実物を出せなかった。ところが蔣介石は、それまで散々、反日プロパガンダをやっておきながら、自分に都合が悪くなったら「そんなことは言っていない」というプロパガンダを始めるんですよ。そういったことに対抗するためにも、やっぱり歴史戦の基礎はアーカイブで、それがいかに大事かということがわかりますね。