4年前の監督就任時から「金メダルを目指します」と言い続け、東京2020オリンピックで日本女子バスケを史上初の銀メダルに導いたトム・ホーバス監督。オリンピックの試合中でも、力強い日本語で情熱的に声をかけ、選手を鼓舞し続けて結果を出した。そんなホーバス監督が考える、人・組織(チーム)を動かし、結果を出すための理想のコーチ像について教えてもらった。

※本記事は、トム・ホーバス :​著『チャレンジング・トム -日本女子バスケを東京五輪銀メダルに導いた魔法の言葉-』(ワニブックス:刊)より一部を抜粋編集したものです。

良いコーチはどのようにして結果を出すか?

コーチの語源は馬車にあります。馬車で大切な人や物を目的地に運ぶことから転じて、選手たちを目的地(勝利、もしくは成長)に向かって導く人をコーチと呼ぶようになりました。ファッションブランド「コーチ(COACH)」のロゴに馬車が描かれているのも、それが理由です。

良いコーチとは結果に導く人です。結果を出さないとよくありません。私はそう考えています。ではどのようにして結果を出すか? チームとして結果を求めるなら、まずはチームを作らなければなりません。チームを上手に作ろうと思えば、選手やスタッフといった人たちとコミュニケーションを取って、全員が同じ方向を向くように、また考え方を同じにするようにしなければいけません。

同時に選手、もしくは部下や生徒でもいいのですが、そのひとりひとりの技術を向上させることも必要です。どのようにして向上させるか? 彼らのメンタルタフネスが強いようであれば、厳しいことをしっかりと言うコーチングもできるでしょう。スキルレベルが足りなければ、それを磨くスキル練習もしなければなりません。

そうやってひとりひとりが強くなれば、それだけチームも強くなります。そうしたことをすべてやれたら結果にも近づくので、良いコーチと言えるでしょう。

▲良いコーチはどのようにして結果を出すか? イメージ:Fast&Slow / PIXTA

ただ一概にコーチと言っても、日本代表のコーチと、企業チーム、もしくはクラブチームのコーチとでは異なるところもあります。チームを作る作業は、手法に差こそあれだいたい同じですが、日本代表はデベロップメントチーム、つまり選手を育成するチームではありません。そこは各企業・クラブチームの役割だと考えています。

もちろん日本代表のキャンプで、選手の成長を促すような練習をまったくしないわけではありません。しかし、それはどちらかといえば、選手個々が自分でおこなうこと、いわゆる自主練習で磨いていくべきことです。

またチームとしておこなう基礎的なディフェンス練習は、国際大会でファウルやミスを減らすためのものです。インサイドピボットと呼ばれるボールを受けるときのステップを練習するのも、世界の高いレベルで、しかも身長の高い相手に対して得点を取るために必要な練習です。

一見すると選手育成のための練習に見えますが、実はいずれもチームが世界で結果を出すために必要不可欠なスキルなのです。それとは異なる選手ひとりひとりのレベルを上げていくための練習は、基本的に各チームのコーチに求めたいと考えています。

あくまでも日本代表のコーチは、結果を出すために必要な選手を選び、結果を出すために必要なことを練習させていきます。

負けてもプラスの側面を見るのがコーチの仕事

私は常に、どんな試合でも勝ちたいと思っています。絶対に負けたくない。選手たちもそうでしょう。勝てば自信になるし、負ければ気持ちが重たく沈んでしまいます。

しかし、私はコーチになってから、負けても学びがあると思うようになりました。選手たちはマイナスに捉えることのほうが多いと思いますが、コーチはマイナスと同時にプラスの側面も見られるのです。

たとえば、2018年におこなわれたワールドカップで、私たちは2勝2敗という成績に終わりました。最終順位は16チーム中9位。あのときも吉田亜沙美さん、大﨑佑圭さん、渡嘉敷来夢がいませんでした。代わりにというわけではありませんが、赤穂ひまわりとオコエ桃仁花が加わりました。当時はふたりとも19~20歳です。本橋菜子もワールドカップが日本代表として初めての国際大会でした。

高田真希や町田瑠唯、長岡萌映子といった経験のある選手もいましたが、全体的に見れば若いチームです。それでも、ひまわりとオコエが国際大会の経験を積み、本橋と合わせて3人がとても良い仕事をしてくれました。

宮澤夕貴も得点ランキングで6位に入っています。チームの成績はよくなかったけれども、選手個々の国際大会での経験値を上げるという意味では、ポジティブな要素も十分に得られた大会だったのです。

2020年2月におこなわれた、東京2020オリンピック世界最終予選もそうです。私たちはすでに開催国枠で出場権を得ていましたが、その大会には参加しなければいけない義務がありました。そこで私たちは3試合を戦い、ベルギーとカナダに負けています。

当時は、まだオリンピックの延期が決まる前でしたから、本大会の半年前に2敗もすればマイナスの思いにとらわられても仕方がないでしょう。

しかし私は、どこかポジティブに捉えていました。選手たちは勝てなかったのですから、当然、これまで練習してきたことでよかったんだろうか? と懐疑的になります。モチベーションも下がるかもしれません。コーチの仕事は、マイナスに向きかけている彼女たちの気持ちを、また上向きに導くことです。

東京2020オリンピックで金メダルを獲るという目標があり、その半年前にライバル国に負けたとしても、気持ちをゼロにまで落ち込ませてはいけないのです。そこに至るまでに少しずつうまくなっているのですから、負けてもその位置から次の大会に進んでいけるよ、と伝えていく。それが私たちコーチの仕事です。

▲負けてもプラスの側面を見るのがコーチの仕事 イメージ:Fast&Slow / PIXTA