東京オリンピックで日本女子バスケットボールを史上初の銀メダルに導いたトム・ホーバス監督。4年前の監督就任時から「金メダルを目指します」と言い続け、オリンピックの試合中には「頭使って! 」「ボール強く持って! 」「自分を信じて! 」と、力強い日本語で情熱的に声をかけ、選手を鼓舞し続けて結果を出した。そんなホーバス監督に、スポーツだけでなくビジネスシーンでも使えるコツを教えてもらった。

※本記事は、トム・ホーバス :​著『チャレンジング・トム -日本女子バスケを東京五輪銀メダルに導いた魔法の言葉-』(ワニブックス:刊)より一部を抜粋編集したものです。

厳しさは残しながらも丁寧な言葉で伝える

相手とのリレーションシップ(関係性)を築くうえで、コミュニケーション、言葉のやりとりは欠かせません。言葉で自分の思いを伝えることは、何よりも大切なことではないでしょうか。

私がアメリカ人だから強く感じるのかもしれませんが、日本人は建前で話すことがあります。それはよくないと思います。やはり本音で話してこそ、伝わるものがあるのです。

私は1990年に来日して以来、合わせて20年以上、日本に住んでいます。妻は日本人です。アメリカ人にしては日本語を話せるほうだと思います。もちろん来日した当初は、まったくわからないので通訳についてもらっていました。

しかし10年近くも日本にいて、しかも、そのあいだずっと日本語の勉強はしていたので、たまに私の言った英語が、通訳を通すことで間違って伝わっているとわかるようになるのです。「違うよ。私が言っているのはそういう意味じゃないよ」と。

選手時代は、最後まで通訳が入っていましたが、私としては「通訳は必要ないかな」と思うようになっていきました。だから、コーチとして日本に戻ってくるとき、通訳はつけなくていいと思ったのです。

コーチとしての私は、何よりも選手たちとのリレーションシップを大切にします。通訳が入ることでニュアンスが異なって伝わったり、私のエモーション(感情・思い)が直接伝わらなくなってしまう。それではリレーションシップがうまく作れません。私はそれが嫌だったのです。

また、リレーションシップを築くうえで、ネガティブな言葉は必要ありません。たとえば「お前」だとか、英語で言えば「You」といった、相手を指さすような言葉は使いませんでした。

「こうしろ!」という命令口調もなく、オリンピック後のテレビなどで何度も取り上げられましたが「何をやっているんですか!?」「ちゃんとボールを持って!」といった、厳しさは残しながらも、なるべく丁寧な言葉を使うように心がけました。

そこには私がアメリカ人だから、という理由もあります。いくら私が勉強をしたといっても、日本語の本質まではつかめていないでしょう。ニュアンスが異なって伝わることだってあるかもしれない。身長2メートル3センチの私が命令口調で言って、必要以上に威圧感を与えることも避けたかった、というのもあります。

▲厳しさは残しながらも丁寧な言葉で伝える イメージ:ふじよ / PIXTA

話したあとの相手の仕草や表情をよく観察する

言葉は、あくまでもリレーションシップを築くためのものですから、相手に伝わらなければ意味がありません。私は自分が話したら、相手の仕草や表情をよく見ています。

たとえば、もし選手たちが首を捻(ひね)るような仕草をしたら、私の日本語を理解していない証拠です。そうであれば、もっときれいな言葉で言ったほうがいいし、もう少しわかりやすく説明したほうがいいと考えます。アジャスト(対応)です。簡単で、わかりやすい言葉を使ったほうがお互いにとっていい。丁寧な言葉にはそうした力があります。

それでも選手がわからないこともあります。そのときはさらに説明をします。その説明でリレーションシップを更に深めていくのです。

JX−ENEOSサンフラワーズでも一緒に戦った宮澤夕貴は「トム、それってどういう意味?」と、よく聞いてきました。そこでまた話をする。ちょっと面倒くさいと思われるかもしれませんが、話をしたら少しずつリレーションシップが作れていくのです。「わからない。もう話したくもない」と思われるよりも、よほど良い関係を築けます。

実のところ、私は我慢のできない性格です。すぐにカッとしてしまうところもあります。それでも日本でコーチングをするようになって、少しずつ我慢ができるようになりました。

コントロールがうまくなったと言えばいいでしょうか。丁寧な日本語でしっかり伝えたいと考えているから、感情をそのまま出すことなく、いったん間を置けるようになったのです。

日本に来て、その国の言葉を使うようになって、伝えることの本質に触れ、私は以前よりもよいコーチになったような気がします。