2022年5月9日、ロシアの首都モスクワで開催された記念式典でプーチン大統領が演説を行ったが、その内容はNATOを批判しウクライナへの軍事侵攻を正当化したものだった。ウクライナ東部マリウポリにある製鉄所では、今もロシア軍による攻撃が続いている。

報道などでは、国外に住むロシア人からはウクライナ侵攻に悲しむ声をよく聞くが、ロシア国内ではプーチンの支持率が高いのも事実。日本よりもロシア人が多く住むイギリスで、10年以上も暮らしているロシア人女性に話を聞いてみた。

▲7万人以上のロシア人が住むロンドン 出典:ひさこん / PIXTA

日本よりもロシア人が多く住むイギリス

イギリスの首都ロンドンには、文字通り世界中から多くの国籍を持った人たちが集まる。そのなかに、ロシア人がいるのも当然だ。

2020年のデータによると、人口6700万人のイギリスには、7万3000人のロシア人が住民登録している。国内のロシア人の数がピークに達したとされる2014年には、ロンドンだけで約15万人のロシア人が住んでいたという推定データが公表されている。

ちなみに、ロシアと国境を接する日本で現在住民登録をしているロシア人の数は、1万人にも満たない。国境を接する日本よりも、実はイギリスの方が社会的にはロシアに近いのかもしれない。

オリガルヒ(新興財閥)と呼ばれるロシア人の大富豪がイギリス、特にロンドンで不動産物件を買い漁っていたという事実はよく知られている。そのピークが2014年頃だったということも知られており、テムズ川沿いの不動産物件の多くがロシア人に所有されていた頃、この地域は「モスクワのテムズ」と揶揄されていた。

日本でも知られているロシア人大富豪と言えば、プレミアリーグのチェルシーの元オーナー、ローマン・アブロマビッチ氏がいる。同氏はロンドンに投資を行ったオリガルヒの一人だ。現在は“元”オーナーとなっているのは、ロシアのウクライナ侵攻を受け、クラブの所有権を無償で手放したからだ。プーチン氏と深い繋がりがあるとされる同氏は、イギリス政府が経済制裁というカードを切るとわかっていたのだろう。

▲ローマン・アブロマビッチ氏 出典:Fars Media Corporation(ウィキメディア・コモンズ)

同氏が無償でクラブを手放したとは言え、次のオーナーとなったアメリカの機関投資家(野球のロサンゼルス・ドジャースにも投資)は、43億ポンド(約6900億円)を支払い、その多くはチャリティに寄付される予定だ。

これだけの大金を持ち、かつ国際政治的な状況を理解して損切りを決意するロシア人もいるが、経済的には一般人としてロンドンに住むロシア人も数多くいる。ロンドンに住む、一般のロシア人はこの戦争をどのような目で見ているのだろうか?

悪いのはいつもアメリカです

「私は、BBCやニューヨークタイムズはあまり信用していません。間違った情報というものは、いろいろなメディアを通じて世界に広まっています。今ウクライナで起こっている事態について、どちら側も間違った情報を信じているのではないでしょうか? 真実は誰にもわかりません」

イギリスには10年以上前に学生ビザでやってきた、エレナ(仮名・36歳)さん。その後、ロシア人向けの英語教師、ヨガ講師、画家として長いこと住んできたが、ロシア的な目線は変わらない。皮肉なことに、エレナさんはインタビュー中、アメリカ、ウクライナ、中国という国が登場しているBBCの記事(https://www.bbc.co.uk/news/world-54553132)について、熱く語ってくれた。

「悪いのはいつもアメリカです。これに、中国とウクライナが絡んでいるのですから、汚職です。ロシアはNATOだけでなく、さまざまな国から危険な立場に追い込まれています」

これはエレナさんの個人的な意見だが、イギリスのメディアのインタビューに喜んで答えるロシア人は数多くいる。多くの人は戦争に反対と言っているが、特にロンドンに住む富裕層は、そんなことよりロシアへの経済制裁のほうが心配だというのが、正直な気持ちだそうだ。

ロシアっぽいアクセントながらも、完璧なイギリス英語を話すエレナさんは、更に語ってくれた。

「愛国心を持って、何が悪いのでしょうか? あなたたち日本人も、祖国を愛する気持ちを持っているでしょう。私はイギリスに長いこと住んでおり、この国には友達もたくさんいます。ですが、私の血はロシアで、私はロシア人です」

シベリア最大の都市、ノボルシビリスク出身のエレナさんは、とにかくロシアを出るために必死で英語を勉強したと話してくれた。正直な気持ちを語ってくれたエレナさんに、最後の質問としてイギリスではどんな人たちと付き合いがあるのかと聞いてみた。

「イギリスに友達はいますが、イギリス人の友達はあまりいません。私はそもそも友達を多く作らないタイプなので、イギリスで本当に友達だといえる人は、たいていロシア人です」

そんなにこの国が嫌いならさっさと出ていけ、というイギリス人の声が聞こえてきそうだが、エレナさんはロシアにはあまり帰っていないという。

正直に質問に答えてくれたシベリア出身のエレナさん。このインタビューだけで人を判断することはできないが、ロシアにはこういう考えの人もいる、ということだけは伝わってきた。

立場によって大きく事情が異なるし、この戦争に反対するロシア人も、ロシア内外に数多く存在する。だが、エレナさんのような考え方を持ったロシア人がいることも事実。「愛国心」という言葉に、何か背筋に冷たいものを感じた。

▲写真:現地ボランティア提供