プロ野球審判を29年間も務めた佐々木昌信氏が語る、審判しか知らない舞台裏。ヤクルト・野村克也監督は、投手の調子を図るために球審に変化球の曲がり具合を確認していたという。そしてもう1人、同じ三冠王を獲得してる落合博満監督も、同じ質問をしてきたと教えてくれました。

※本記事は、佐々木昌信:著『プロ野球 元審判は知っている』(ワニブックス:刊)より一部を抜粋編集したものです。

変化球の曲がり具合を聞かれた

ヤクルトの野村克也監督の話をします。

1998年に最多勝のタイトルを獲得した川崎憲次郎投手のウイニングショットはシュートでした。右バッターのストライクゾーンからボールになるシュートが生きるんですね。バットとボールが当たる瞬間に少し食い込む。すると打球は詰まってゴロの山を築く。それが全盛期の川崎投手の投球スタイル。しかし早めに曲がってしまうと、バッターは見送るのでボール。

川崎投手の調子が悪くてフォアボールを連発して、野村監督が途中で代えるときは私に確認しました。

「シュート、早く曲がってたか? ベンチからだと高さはわかっても、コースはわからんのよ」

同じシュートでも早い段階で変化するより、バッター直前まで来て変化するほうが威力はある。「今日は曲がりが早かったので、打者を打ち取れず、交代させる」、監督自身の見立てと球審の目が同じだったかの確認です。

それは、中日の落合博満監督にも同じことを聞かれました。エース・川上憲伸投手の代名詞はカットボールです。右バッターのインコースに、どれだけきっちり投げられるかが、川上投手の投球スタイル。カットボールが早めに曲がり始めるとき、調子は芳しくないわけです。

川崎投手と川上投手の2投手は「インコース」がキーワードでした。

ミスジャッジをすることもあるが・・・

西武黄金時代のエースだった渡辺久信監督。今風に言えばイケメンで、最多勝のタイトル3度の実力者ながら気さくな性格。2008年に監督に就任するや、それまでの厳しいスタイルから変革して、1年目から日本一の栄光に浴しました。

渡辺監督は、監督としてすごくしっかりした抗議をします。変に審判が言い訳したりすると激情型の一面も見せますが、「渡辺監督、ルールはこうです」としっかり説明をすると「わかった」と理解、納得してベンチに戻っていく監督でした。

一例を挙げると、盗塁の場面で炭谷銀仁朗捕手の二塁送球のとき、右バッターに少し触れたのです。送球はとんでもない方向に飛んでいきました。

わざわざバッターに近寄って投げる必要もないと判断して、私は「ボールインプレー」にしました。言葉のよしあしは別にして、野球以外のスポーツもそうだと思いますが、そのままプレーを続行させる「なりゆき」という状況です。

「送球時、バッターに触れたから、とんでもない方向に転がっている。だから妨害ですよね」

「渡辺監督、触れても妨害を取るケースもありますし、取らないケースもあります。今回は取らないと判断しました」

「わかりました」

正直、審判のミスジャッジもあります。しかし、ミスジャッジを承知のうえで、ファンや試合進行を考慮して引き下がってくれる人間味あふれた男気ある監督がいます。もちろん、審判はそれに甘んじてはいけないのは百も承知しています。

▲ミスジャッジをすることもあるが… イメージ:吉野秀宏 / PIXTA

私がプロの審判1年目のとき、横浜大洋の須藤豊監督に言われた言葉は肝に銘じてきました。

「新人審判か、頑張れよ。ただひとこと。人間は間違いがあるものだ。しかし、審判は絶対、間違っちゃいかん」

現在は「ビデオ判定」で確認しなくても、審判4人で協議して変えられます。「正しい判定に積極的に変えなさい」と言われています。その分、かつてと比較して、ジャッジのプレッシャーは軽減しているのではないかと思います。