猪木「オマエは何に怒っている?」に返した言葉
今でも鮮明に覚えている「言葉」がある。
2002年2月の札幌・北海きたえーる大会──。
この前月、武藤敬司さんを含めた人気レスラーとフロント社員たちが退団し、新日本プロレスに激震が走った。当時、団体のオーナーだったアントニオ猪木さんが推し進める格闘技路線への反発が、その退団理由の一つだったようだ。
きたえーるのリングに上がった猪木さんは、蝶野正洋(ちょうのまさひろ)さんに「新日本はオマエが仕切れ!」と現場の全権を託した。
さらに、リングに揃った中西学(なかにしまなぶ)さん、永田裕志(ながたゆうじ)さん、鈴木健三(すずきけんぞう)〈現KENSO〉さん、そして棚橋の順に「オマエは何に怒っている?」と質問を投げかけ、俗に言う“猪木問答”が始まった。
猪木「オマエは何に怒っている?」
中西「全日本プロレスに行った武藤です!」
永田「すべてに対してです!」
健三「明るい未来が見えません!」
それぞれの答え、そして猪木さんの返しに場内が盛り上がったり、ざわついたりする中、僕の出番が回ってきた。直感的に「これは質問に答えたらダメだな」と思ったので、「俺は新日本プロレスのリングで、プロレスをします!」と力強く答えた。
結果、質問とは食い違う回答に、会場の一部からは失笑も起こった。
当時、格闘技の流れになびいていく新日本に違和感を感じていたからこそ、こういう言葉になった。「猪木さん、あなたもプロレスに出会ったからこそ、今があるんじゃないですか?」「なんでプロレス側に立ってくれないんですか?」という苛立ちがきっとあったに違いない。
猪木「オマエは何に怒っている?」
棚橋「猪木さん、あなたにです!」
そう真っ向から答えるには、まだあの頃の僕は若過ぎた。
結果としてきちんと猪木さんの質問に答えなかった健三さんと僕は、旧体制の呪縛から逃れるようにタッグを組んで共闘。格闘技に背を向けてプロレス道を突き進んでいくが、それは必然の流れだったのかもしれない……。
あのときの咄嗟(とっさ)の答えが正解だったかはわからないが、いまの自分があるのは猪木さんに対して「新日本でプロレスをします!」と宣言したから、という気がしないでもない。
瞬発力は筋肉だけじゃなく、言葉においても重要なのだ。
言葉の持つ力の強さや怖さ──、それを知っているからこそ、今後もこだわりを持って発言していきたい。
※本記事は、棚橋弘至:著『カウント2.9から立ち上がれ!(マガジンハウス刊)』より、一部抜粋編集したものです。