2022年6月8日に発売となった『ナチス映画史 -ヒトラーと戦争はどう描かれてきたのか-』(小社刊)では、1933年の独裁政権成立から現在にいたるまでの関連映画を、史実を交えながらたどる一冊となっている。今回は、さまざまな事情により同書では紹介しきれなかった映画について、著者の馬庭教二氏に解説してもらった。

第一次世界大戦の歩兵戦を描いた作品

『ナチス映画史』では、2015年前後に「第二次世界大戦終結70年」を記念して、関連作品が多数製作されたことを書いたが、同様なことが第一次大戦(2014年~2018年)終結から、ちょうど100年にあたる2018年にもあった。

日本では2020年初頭、同時に公開されている。第一次大戦では、戦車・飛行機・毒ガスといった新兵器が出現したが、塹壕越しに英仏軍と独軍が対峙する歩兵戦が戦いの中心であり、2作品とも塹壕がその主要な舞台となる。

◆『彼らは生きていた』(ピーター・ジャクソン監督/2018年ニュージーランド・英)

〇ピーター・ジャクソン監督『彼らは生きていた』予告編

英国の帝国戦争博物館、BBCが保有する数百時間分に及ぶ第一次世界大戦当時の記録映像と、兵士たちのインタビュー音源を元に、これを最新技術で補正・着色・編集したドキュメンタリー作品である。100年も前の戦場の映像には音声がないものが多いのだが、「読唇術」を使ってその人物が何を言っているのかを解読し、再録音し映像と合体したという徹底ぶりには感服する。99分。

日本の明治や大正期、戦前の記録写真・映像でもそうだが、モノクロだと遠い遠い過去の出来事と思えるものが、カラーになったとたんに現在につながるように感じる人は多いだろう。本作では、さらに音声も加わって100年前の青年たち(10代の若者が目立つ)が、何を思って兵士となり、前線の塹壕でどんな時間を過ごしていたかを、その場で見聞きしている気持ちになる。虫歯のため歯の抜けた兵士が多く、当時の歯科・衛生状況の悪さもわかる。自分の祖父や曾祖父が映っていないか、目を凝らして捜した人も多いのではないだろうか。

ピーター・ジャクソン監督は、1961年ニュージーランド生まれ。『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズで知られる(『同 王の帰還』でアカデミー作品賞・監督賞を受賞)。彼の祖父は第一次大戦に従軍しており、子どもの頃、昔話をよく聞かせてくれたという。最新作は、日本でも大きな話題となった『ザ・ビートルズ:Get Back』。

◆『1917命をかけた伝令』(サム・メンデス/2019英・米)

〇『1917 命をかけた伝令』予告

西部戦線において、友軍の危機を救うため、特命を受けて前線に向かう2人の英軍兵の1日を追う。本作がユニークなのは、彼等の行動を全篇ワンカット(に見えるように)撮影していることで、『彼らは生きていた』とは違った意味で、これまでにない戦場の臨場感を作り出している。カメラは背中から前方から、塹壕を進み、そこからはい出ては走り、また塹壕に身を隠す2人の姿を捉え続ける。

サム・メンデス監督は1965年イギリス生まれ。『アメリカン・ビューティ』でアカデミー作品、監督賞等5部門を受賞。『007 スカイフォール』『007 スベクター』も手掛けた大物監督だが、母親はユダヤ人である。そして、ジャクソン監督と同様に、祖父が第一次大戦に伝令兵として従軍していたという。

こうした個人的な生い立ちを背景に、現代を代表する映画作家が、使命感を持って、独自の手法と最新技術を駆使し、「新しい戦争映画」を作り続けていることに敬意を表したい。