プログレッシヴ・ロック全盛期の思い出を熱く、マニアックに語り、おもに中高年の男性の間で「懐かしい」と話題になっている新刊『1970年代のプログレ ―5大バンドの素晴らしき世界―』。同書はサブタイトルが示す通り、一般的にも認知度が高いプログレを代表するバンドに絞った1冊だが、ここではマイク・オールドフィールドについて、著者の馬庭教二氏が紹介する。

長い曲の多いプログレ界でも突出した長さ

拙著『1970年代のプログレ』が発売されて以来、私的にも公的(SNS)にも寄せられる意見で目立つのが「5大バンド(キング・クリムゾン、ピンク・フロイド、エマーソン・レイク&パーマー、イエス、ジェネシス)以外のバンドにも触れて欲しかった」というものである。

私はロック評論家、プログレ評論家と呼ばれる方々の知識には遠く及ばないが、もちろんそれでも5大バンド以外で思い出深い、大好きな、忘れ難い作品が多々ある。

そのうちの1枚が、マイク・オールドフィールドの『チューブラー・ベルズ』(Tubular Bells/1973年、日本発売は翌1974年)である。

このアルバムは、当時若干20歳の新鋭マイク・オールドフィールドが弦楽器、鍵盤楽器から打楽器まで、ほぼ一人で演奏し録音したテープを、数千時間かけてダビングして作り上げた労作だ。のちに航空会社も持つことになるレコード会社ヴァージン・レーベルの記念すべき第1作でもある。

その構成は驚くべきものでレコードの表裏40分でなんと全1曲。しかも、固有の曲名をもつ複数曲からなる組曲形式ではなく、本当に「40分一つながり」であって、長い曲の多いプログレ界でも、特筆すべきアルバムと言っていいだろう。

映画「エクソシスト」のテーマ曲には関わっていない

この作品の冒頭は、世界中で大ヒットしたオカルト映画「エクソシスト」(ウィリアム・フリードキン監督、1973年。日本公開は翌1974年)のテーマ曲としても有名で、一定年齢以上の人ならパッとメロディが思い浮かび、それで記憶している人も多いはずだ。しかし、実はその部分は映画音楽用の別録音ヴァージョンであって、原作曲者のオールドフィールドはまったく関わっていないのだ。

だからぜひ、本作を知らない人はこれを機に予備知識を無くし、無心に40分、少なくとも前後半20分ずつは通して聴いてみてほしい。オカルト映画、ホラー映画と結びつくようなおどろおどろした印象はまったくなく、逆に、目を閉じているとさまざまな懐かしい景色が浮かんできて、ほのぼのと温かな気持ち、穏やかな気分に浸れるアルバムなのである。

プログレらしくラストの盛り上がりも期待を裏切らない。ことにA面の終盤(要は前半の最後)、ベースで奏でられ循環する副旋律の上を、10いくつかの楽器が次々と主旋律を奏でていって、最後にアルバムタイトルのチューブラーベル(西洋の棒状の鐘)が鳴り響くクライマックスはえも言えず素晴らしい。ふたつの旋律はそれぞれが魅力的なうえに、その重なり合いが抜群の効果を生んでいるのだ。主旋律を奏でていく楽器の名前が、順番に「グランドピアノ」(~演奏)、続いて「パイプオルガン」(~演奏)「マンドリン」(~演奏)というふうに、渋い声で順番に告げられていく演出もまた、実にかっこいい。

本作は全英1位、全米2位、日本でも29位という大ヒットとなり、その後、世界中に航空会社網を張り巡らし、旅行、メディアから金融まで幾多の企業を有する多国籍コングロマリット、ヴァージン・グループ草創期の経済的基盤となった。同グループ総帥、実業家リチャード・ブランソンのサクセスストーリーは、オールドフィールドの才能を見出したときから始まったと言っていい。

2012年ロンドン五輪の開会式に登場

その後、オールドフィールドは、本作をオーケストラ版、変奏アレンジ版と計6作に渡って作り続けるほか、まったく異なるディスコやポップスの楽曲にも挑戦し、シングルヒットを連発して英国を代表する大物アーティストとなっていく。

▲マイク・オールドフィールド(2006年) 出典:ウィキメディア・コモンズ

昨今、今夏開催予定の東京オリンピック・パラリンピックの開閉会式の演出を巡って、さまざまな醜聞が飛び交っているが、2012年ロンドン五輪の開会式にオールドフィールドが登場したときは、往年のプログレファンとしてその健在ぶりを見て、とてもうれしかったものである。

オールドフィールドは「カンタベリー派」と呼ばれるロックの一派とつながりが濃く、彼をきっかけにキャラバン、キャメル、ソフト・マシーンなど、その流派のプログレバンドを熱心に聴くようになった。そういった意味でも忘れられないアーティストである。