ユニークなお寿司屋として、さまざまなメディアで話題となっている『酢飯屋』。この店の店主・岡田大介は、自らを“すし作家”と称し、2021年には子ども向けの写真絵本『おすしやさんにいらっしゃい!』を出版し、第27回日本絵本賞を受賞。10万部を超える異例のヒットを記録するなど、寿司の枠に囚われない活動を続けている。
そもそも、リンゴもむけない、どの魚がアジかもわからないところから、寿司への情熱によってここまでたどり着いた岡田。まさに好きなことを仕事にしている、という言葉にふさわしいが、酢飯屋開店後も、紆余曲折を経て現在のスタイルのたどり着いたという。
寿司、食材、そして魚にとって欠かせない「海」への向き合い方、そして好きなことを仕事にすることへの思いを聞いた。
日本全国の漁港へ足を運び「食材魂」に気づく
――『酢飯屋』をオープンさせ、自分のスタイルが確立したなと思ったのは、お店を始めてどのくらい経ってからでしたか?
岡田大介(以下、岡田) 開店当初は、お酒の持ち込みを無料にしていたんです。それだと利益は出ないんですけど、僕も当時お酒に詳しくなかったので、2年間は勉強の期間と思って、お客様にお寿司に合う日本酒などを教えていただくような気持ちでいました。
自分の中で確立したなと思ったのは「市場で魚を仕入れずに寿司屋ができるのか挑戦しよう」となったタイミングだったと思います。それまでは買う買わないは関係なく、毎日、築地に行ってました。魚の旬とか、特徴とかはいろいろと教えていただけるんですけど、産地やどこで捕れているのかが気になっていたんです。
しかし、お店の方に聞くと答えがバラバラで。つまり、仕入れをした人と販売する人のあいだで、情報が共有できていないことがわかったんです。そういうのを目の当たりにして「それなら、自分がこの魚が捕れているところに行くしかない!」と思い始めたんです。
そこで自分が使いたいと思う食材については、実際に自分が足を運んで見に行く、というスタイルが始まりました。店を始めて2年ぐらい経った、26~27才ぐらいの頃です。
――日本全国ですよね? それはなかなか大変だったのではないかと……。
岡田 でも、実際に自分で日本全国の漁港に行くとスッキリするんです。当たり前だけど、現場に行くと誰から買っているのか、どこの魚かはっきりしますから。僕の特技であるコミュニケーション力を発揮して、港に行って「寿司屋やってます」と話すと皆さん快く受け入れてくださるんです。
そうするうちに船に乗せてもらったり、一緒にお酒飲んで話を聞いたりして、現地の方々と絆を深めていきました。そのときに得た知識や経験は、本当に僕の財産になっています。
食材を大切にする気持ちのことを、僕は『食材魂』と呼んでいるんですけど、食材には「それを獲ってくださったり、育ててくださった方の魂」が入り、そういうものを受け取って、僕たち職人も魂を込めてお寿司を作る。1つの寿司のなかに、いろんな魂が入っているんですよね。それをお客様が食べてくださっているんだと感じ始めました。
普通に仕入れていたときは、そんなことを思ったことはなかったのですが、「この魚の中には、あの人の魂が入っているんだ」ということを実感しはじめて、そのあたりから、 お寿司を出すときに「この魚はなんなのか?」という背景などを、お客様にお話しするようになっていったんです。
――『食材魂』というのは、岡田さんを象徴するキーワードでもありますね。
岡田 その“魂”の目線は食材だけではなくて、醤油差しや器などにも広がっていきました。「これは作った人の魂が入っているな」というものに出会うと、それにどんどん変えていき、今では魂がないものは、使うことに違和感があるほどです。
どこかのタイミングで「岡田さんは本物以外、興味がないという生き方をしたほうがいいですよ」と言われたことがあったのですが、当時は、本物ってなんだろうと思っていたんです。でも、今になって考えると「人の手で魂を込めて作られているもの」が本物で、それは食材も道具も同じだと思っています。
地元の人が気軽に入れる店も作りたかった
――“器”という話が出ましたが、同じエリアで展開されてる『Suido Cafe』ではギャラリースペースもあり、作家さんの展示や、カフェもやっていますよね。
岡田 八丁堀のお店から浅草橋で1年。その後、江戸川橋にお店をきちんと構えるようになり、最初は一人でやっていたんです。途中から弟が入って、従業員が増えていきました。でも、そうなると、自分に時間ができてきたので「カフェをやってみようか」と開いたのが『Suido Cafe』でした。
『酢飯屋』は紹介制のお店です。気軽に入れる店ではないから、言ってみれば地域の人にとってみればいらない店ですよね。ですので、地域に貢献というか、何かできることはないかなという意図もあって、地域の人がくつろいで過ごせる空間を作ろうと思ったこともキッカケで。託児所付きのランチなど、これまでにやれていなかったことも積極的に取り入れていきました。
それと、スタイルは違えど『食材魂』という根幹は共通しています。いろんなところに足を運ぶと、魚以外の出会いもたくさんあって、それらを活かせる場所を作りたかったというのもありました。
食材だけでなく、器にも凝り始めた時期だったので、お店の入り口に棚を作ってギャラリースペースにしていました。ここでもやっぱり“魂”で、作家さんとお話して買う器って、やっぱりその思いが伝わるんですね。その思いを知ったうえで使うと、僕だけでなく、従業員も器の洗い方などぜんぜん違ってきて、大事に扱うんです。それで作家さんに来てもらうという展示も始めました。