今日の競馬はボロ負けだ……。こうなったら最終レースで大穴に突っ込んで勝負するしかない――! 競馬をやっている人でもそうでない人でも、こうした考え方にはおおいに共感できるのではないでしょうか。でも、これは“損する考え方”だそう。しかもどうやらギャンブルだけではなく、株などにおいても同じような考え方になってしまう人がいるようです。行動経済学の専門家で、最優秀論文賞も受賞している太宰北斗氏にその理由を聞きました。

※本記事は、太宰北斗:​著『行動経済学ってそういうことだったのか! -世界一やさしい「使える経済学」5つの授業-』(ワニブックス刊)より一部を抜粋編集したものです。

計算が正確にできているのが「合理的経済人」

「お金」をテーマに、行動経済学的視点から世の中を読み解いてみましょう。

ベースにあるのはヒトの「情報処理能力の限界」と「損失を嫌がる心理」です。

さて、人々が見せる“非合理的な行動”が、大切な「お金」の管理に、どんな変な事態をもたらしているのか探索していく前に、少し整理しておきたいことがあります。

それは、合理的経済人だったら「私たちの世界の何がおかしいと思っているのか」という視点です。

経済学では原則として、「誰であっても自分の好みや価値観に基づいて、最も満足いく結果が得られるように、できる限り頑張って行動を選択しているはずだ」と考えます。

▲計算が正確にできているのが「合理的経済人」 イメージ:MillaF / PIXTA

わざわざ満足いきそうにない選択を、あえて選ぼうとする理由はないからです。ここで、行動経済学以前の伝統的な経済学では、さらに一歩踏み込み仮定しました。

我々人類だったら“いつも合理的”に選択肢を選んでいてもいいはずだ。

この“合理的”という言葉は、そこまで難しい話ではありません。

ものすごくかいつまんで言うと、「おこづかいで、好きな物をできるだけたくさん得られるように、計算しましたよね」というようなイメージです。

経済学では、いつでも、どこでも、このような計算が正確にできている人のことを「合理的経済人」と呼びます。

人は全体の収支より“目の前の収支”を気にする

しかし、非合理的な人々は、ついつい広い枠組みを忘れて、目の前の収支を気にします。全体の収支をどこかに置いておいて、目の前の収支がプラスなら、「それでいいや」とするわけです。

心の中にある狭い枠組みでの収支勘定のことを「メンタル・アカウンティング」と言います。

たとえば、競馬市場では最終レースで大穴バイアスが強まる、といった話もあったりします。なぜでしょうか?

レースが進み「今日はこれでおしまい」となったときの、ギャンブラーのお財布の状況と心理状態を予想してみてください。

平均的には、そこに至るまでの過程で負けている人がほとんど、という状況になります。ギャンブル好きの人なら「このまま引き下がれない!」という心境をご理解いただけるでしょうか。

これまでの負けを取り返せるチャンスが最後の1レースだけとなれば、損失確定の可能性に直面したパーパットに臨むプロゴルファーのように、リスクを追求するしかありません。

でもこれ、やはり全体像が見えていませんよね。大穴に賭けるのは、あまりうまみがないというデータもありますし、何より大事なのは、お財布全体の状況がどうなるかであって、今日のレースでの収支ではないからです。

でも、それはギャンブラーたちのように、もともとリスクの好きな人だからだ、と思う人もいるかもしれません。

ただ、メンタル・アカウンティングに囚われるのは、ギャンブラーたちのように熱い人たちばかりではありません。

▲人は全体の収支より“目の前の収支”を気にする イメージ:Sergiy Tryapitsyn / PIXTA

たとえば、株式投資をしている人たちも同じなのです。何も一攫千金だけを夢見ているわけではなく、将来を考えてコツコツ運用されている人もいますよね。

そうした投資家の人たちも、実は価格が上昇した株式を早期に手放し、反対に価格が下落した株式を長期に保有し続ける傾向にある、と示唆する研究がいくつか知られています。

これには「気質効果」という別名がついています。