2022年2月24日に開始したウクライナへの軍事侵攻。連日、ロシア軍によるミサイル攻撃など市民の被害が日々増え、現在も油断を許さない状況が続いています。終わりの見えないウクライナとロシアの戦いを日本国内でも多く報道しています。

ウクライナ語のみを公用語にするなど侵略直前に起きたウクライナの動きと、ウクライナ侵略までの経緯をロシアの動きから、専門家が詳細に分析。日本が教訓とすべきことを明確に提言する。刻一刻と変わっていくロシア・ウクライナ戦争の今後の展開を渡部悦和元陸将、井上武元陸将、佐々木孝博元海将補の3人が徹底討論します。

※本記事は、渡部悦和,井上武,佐々木孝博:著ロシア・ウクライナ戦争と日本の防衛(ワニ・プラス:刊)より一部を抜粋編集したものです。

プーチンが示した戦争の大義とは?

▲プーチンが示した戦争の大義とは? 写真:Kremlin.ru / Wikimedia Commons

渡部 私は今回の戦争を、「プーチンの戦争」「プーチンの、プーチンによる、プーチンのための戦争」と呼んでいます。戦争を起こすにあたって、プーチンは「大義」を掲げていますが、まったく大義になっていません。つまり「大義なき戦争」でしかなく、それは私だけでなく多くの専門家が指摘しています。

プーチンの示した「大義」は、親ロシア派が支配するウクライナ東部ドンバス地方でウクライナ側が親ロシア派住民にジェノサイド(集団殺戮)を行っているというものでした。ジェノサイドにされている親ロシア派を保護する方法は、「(攻撃以外に)ひとつも残されていない」と、プーチンは2月24日の攻撃開始を宣言する演説で述べています。

しかし、プーチンの言っていることは、事実に反しています。ジェノサイドなんて行われていません。それが事実だとは、国連も周辺諸国も認めていないし、アメリカやヨーロッパ、中央アジアの57ヶ国が加盟する世界最大の地域安全保障機構であるOSCE(欧州安全保障協力機構)も認めていません。プーチンが口にしている「大義」は、大義になっていないわけです。

佐々木 いまの渡部さんの見方は、「西側諸国に軸足を置いた見方」と考えられます。ロシアの為政者が、どのように考えているのかということについても見ていく必要があると思います。

旧ソ連(ソビエト連邦)時代に、ドンバス地方をはじめとするウクライナ南東部に、多くのロシア人が移住してきた歴史があります。そういう人たちにとっては、ロシア語が母語なのですが、ウクライナで現在のゼレンスキーが大統領になって、公用語をウクライナ語だけと決めてしまいました。

そのために、ロシア語を母語とする人たちのなかには、職を失うことになってしまった人もいました。ジェノサイドとは違いますが、かなりツラい現実を強いられることになったことも、事実として認識しておく必要があると思います。

渡部 ジェノサイドとウクライナ語を唯一の公用語としたということは、次元の違う話です。ウクライナで生活している人たちのなかでは、ウクライナ語もロシア語も話せるというのは当たり前なんです。ウクライナ人であってもロシア語を話せるし、ウクライナに住んでいるロシア人もウクライナ語を理解しています。だから、公用語をウクライナ語としたからといって、困る人がたくさんいたとは考え難い。

佐々木 公用語の観点からいくと、ウクライナという国はウクライナ語を第一公用語、ロシア語を第二公用語としてやってきていました。言語学的には、単語はポーランド語に近くて、文法はロシア語と似ているというのがウクライナ語です。だから、ロシア語がわかる人はウクライナ語を聞いてもなんとなくわかるし、ウクライナ語を話す人はロシア語もなんとなくわかる、長らく第二公用語はロシア語であったので、ロシア語を解する人は非常に多い。

ゼレンスキー大統領も、ロシア語が優勢なウクライナ東部クルィヴィーイ・リーフ市で生まれ、ロシア語を話すユダヤ系の家庭で育っているため、母語はロシア語です。大統領になってからウクライナ語の特訓をしたともいわれています。そういう文化圏にあるのがウクライナです。

渡部 だから、なぜウクライナ語だけを公用語にしたのか、その「動機づけ」を正しく理解しておかないと、プーチンの「正義」に引きずられかねません。

ロシアとウクライナは「兄弟」国である

ゼレンスキーが公用語をウクライナ語だけと定めたのは、2014年3月のロシアによるクリミア併合が要因です。国際的にウクライナの領土と見なされていたクリミアを、ロシアは併合してしまった。このクリミア併合を契機にして、ウクライナ国内で反ロシアの機運が急速に高まったのは事実です。

それが、ゼレンスキーによる公用語のウクライナ語一本化にもつながっているし、今回、侵攻してきたロシア軍に対する敵がい心、徹底的に戦う、死ぬまで戦うというウクライナ人の思いにつながっています。

▲ロシアとウクライナは「兄弟」国である イメージ:LustreArt / PIXTA

佐々木 クリミア併合で、ウクライナ国内における反ロシア意識が高まったという見方は間違いないと思います。

渡部 プーチンの歴史認識について触れてみたいと思います。9世紀後半から13世紀半ばにかけて、現在のロシア・ウクライナ・ベラルーシを含む東ヨーロッパおよび北ヨーロッパに存在したのが、キエフ大公国です。ロシアもウクライナも、そしてベラルーシも、もともとは同じ国だったといえます。

2021年7月12日にプーチンは、「ロシア人とウクライナ人の歴史的一体性について」という論文を書いています。ここで彼は、「ロシアとウクライナは兄弟国である」と述べています。この「兄弟」という表現が問題で、普通の感覚では「兄弟」は仲の良い関係と考えますが、プーチンの認識は違う。彼は、兄弟でも対等な関係ではなく、ロシアが兄でウクライナは弟であると考えています。そして、弟は兄に従うべきだとの強い思いがあります。

さらに、プーチンの歴史認識では、ウクライナは旧ソ連によってつくられた国でしかない。だから、ウクライナはロシアに絶対的に従うべきだと考えています。

ただし、普通のロシア人は、ロシアとウクライナは「仲の良い兄弟」だと考えています。実際、夫がウクライナ人で妻がロシア人だったり、その逆だったりするケースも多く、お互いが融合したかたちで暮らしています。

だから今回、ロシア軍に徴兵されて戦闘に参加しているロシア人兵士たちはショックを受けています。「兄弟なのに、なぜ殺さなければいけないのか」と考えているからです。それが、普通のロシア人の認識です。兄弟を殺させるプーチンに対する反発心が、じつはロシア人のなかにもあるはずです。

佐々木 ロシアは極度に自国を最優先に考える国で、ウクライナは自分たちの勢力圏としか認識していません。旧ソ連の構成国だったウクライナはロシアの影響下にあるべきだ、というのがロシアの根底にある思想なのです。それを思想だけに留めず、実行に移したのがプーチン大統領だといえます。

ロシア国内には、渡部さんが言われるように、父親がウクライナ人だとか母親がウクライナ人という人たちはたくさんいます。そういう人たちに「ウクライナは兄弟」との意識もあったかもしれませんが、ロシア国内の情報で、かなり洗脳されてしまっているのも事実です。