熾烈な地上戦が繰り広げられ、数多の尊い命が失われているロシアによるウクライナ侵攻。元空将の小野田治氏によると、ロシアは長期戦に苦しんでいるにも関わらず、航空戦にはほとんど手をつけずにいましたが、その理由はウクライナ軍の装備にあったようです。
防衛問題研究家の桜林美佐氏の司会進行のもと、小川清史元陸将、伊藤俊幸元海将、小野田治元空将と名だたるプロフェッショナルが勢ぞろいし、ロシアによるウクライナ侵攻を分析・考察するという内容の番組から紹介します。
※本記事は、インターネット番組「チャンネルくらら」での鼎談を書籍化した『陸・海・空 軍人によるウクライナ侵攻分析-日本の未来のために必要なこと-』(ワニブックス:刊)より一部を抜粋編集したものです。
地対空ミサイルが抑止になっていた航空戦
桜林 ヨーロッパでウクライナへの侵攻がロシアにより行われて、すでに3週間が経ちました(2022年3月17日配信)。2008年のロシアによるジョージア侵攻のときのように、短期で決着がつくのではないかという予想もありましたが、今のところロシア軍も苦戦している状況が続いています。
なぜロシアは、こんなに地上戦にこだわっているのか、航空戦はいつ始まるのか、制空権をどうして奪えていないのか。それらの疑問について、まずは空の観点から小野田さんに所見をお聞かせいただきたいと思います。
小野田(空) 確かに制空権をめぐっては、かなり不思議な状況になっていると思います。ひとつひとつ整理をしていく必要がありますが、まずロシアの航空機、戦闘機がウクライナ領空に侵入することに慎重な理由は、ウクライナ軍の地対空ミサイルにあります。
ウクライナ軍はS-300というロシア製の地対空ミサイル、それから9K37M1というブークミサイル――2014年7月にマレーシア航空17便をウクライナ東部上空で撃ち落としたミサイルですが、その他にもさまざまな地対空ミサイルを運用していると言われています。
実は、2~3日前にアメリカの空軍の行事があって、そこで航空戦闘コマンド(ACC)司令官のマーク・ケリー大将が面白いことを言っていました。「ウクライナはS-300やS-400などのロシア製地対空ミサイルを非常に効果的に運用して、多数の航空機を撃墜する成果をあげている」と。
ウクライナはS-400を持っていないはずなので、この点は間違いだと思いますが、アメリカ空軍がウクライナの航空の状況を一番よく知っているんですよ。なぜかというと、航空情報をウクライナと共有しているから。だからロシア機も、そう簡単には入ることができない状況だと思うんですね。
2022年3月11日にアメリカの国防省が発表したところによると、ウクライナ軍は全体で69機ほどの戦闘機を持っていて、まだそのうちの80%にあたる56機が運用可能だという話もしていました。
戦闘機は敵機の侵入に対してスクランブル対処するためにアラート待機に就いています。面白いのは、56機も残っているわりにはウクライナ軍があまりそれを飛ばしていないと思われる点です。
ウクライナ空軍はMiG-29とSu-27という2つの機種を持っています。これは戦闘機の機種としてはちょっと古く、10年~15年ぐらい前の戦闘機なんですけれども、まだ十分に使える。それが56機も残っているのに、1日の延べフライト回数――これを「ソーティー数」と言いますが、これがだいたい5ソーティーから10ソーティー程度だと言っています。ようするに、あまり飛んでいないんですよ。
一方、ロシアの飛行機の出撃は200ソーティーぐらいです。つまり、1日に延べ200機ぐらい飛んでいるわけです。この数字は「地対空ミサイルが効果的」という表現とは釣り合いませんよね。これが何を意味するのかというと、おそらくロシア軍は地対空ミサイルなどの脅威圏内では飛んでいないということです。
先日、ロシア軍はウクライナ西部の都市リビウを巡航ミサイルで攻撃しました。あれは、どうやらロシアの爆撃機が、ロシアの領空内から発射したものだとアメリカの国防省は分析しています。ロシアやベラルーシの領空内を飛行する爆撃機を攻撃して撃墜するのは無理です。だから、200機が活動しているといっても、ウクライナ領空内にはあまり入って来ていないということですね。
桜林 それは、やっぱり地対空ミサイルが抑止になっているということでしょうか。
小野田(空) そういうことですね。ロシア軍の戦闘機が撃墜されている写真も出回っていましたから、実際やられているんだろうとは思います。肩掛けのスティンガーミサイル(携帯型の地対空ミサイル)で、けっこう撃墜されているんじゃないかと言われていましたが、スティンガーミサイルは高いところには届きません。低空を飛行するヘリなどは餌食になると思うんですが、戦闘機相手だと撃墜確率は高くないと思います。
桜林 ウクライナに供与された武器が、かなり効いているということでしょうか。
小野田(空) そうですね。あと、ロシア軍のS-300、S-400という地対空ミサイルは、射程が100キロメートル以上ありますし、ロシアも西側の国境付近、あるいはベラルーシの国境付近などに配置していると思います。ですから、ウクライナ空軍の戦闘機もあまり活動できていない可能性があるのかなと思います。