初めは短期決戦と予測されていた、ロシアによるウクライナ侵攻。しかし侵攻が始まって早4か月、まだまだこの戦いが終わる兆しは見えない。これ以上、苦しむ人々を増やさないためには、誰がどのように行動することが求められているのだろうか? 防衛問題研究家の桜林美佐氏の司会のもと、小川清史元陸将、伊藤俊幸元海将、小野田治元空将といった軍事のプロフェッショナルが、今後のウクライナ侵攻の展開を予測します。

※本記事は、インターネット番組「チャンネルくらら」での鼎談を書籍化した『陸・海・空 軍人によるウクライナ侵攻分析-日本の未来のために必要なこと-』(ワニブックス:刊)より一部を抜粋編集したものです。

はたしてプーチンは「核」を使うのか?

桜林 「プーチンは精神的に追い詰められたときに、核を使用するじゃないか?」とも言われています。欧米もその点に関しては、かなり戦々恐々たる構えなのでしょうか。

小川(陸) まあドクトリン的には、戦術核を自分の国が危ういと感じたときには使う、というふうにもともと想定されていましたから。

小野田(空) だからこそNATOの方は、たとえばウクライナが望んでいたノーフライゾーン(飛行禁止区域)の設定に対しては否定したり、MiG-29の供与も否定したりと、非常に抑制的ですよね。

伊藤(海) 経済政策もそうなんですよ。ロシア最大手の銀行であるズベルバンクをSWIFT(国際銀行間通信協会)から排除していないのも、そこをわざと“抜け道”として作っているんですね。ヨーロッパは今、ドル決済を止めているけど、ユーロ決済はできるようにしている。だから、やっぱりこれって核が恐いんですよ。ようするに、今のプーチンは、ある意味ロジカルじゃなく、核使用をやりかねないから。

桜林 プーチンの頭の中はわからないということですよね。

伊藤(海) そうそう。今までのプーチンだったら、きっと損得でちゃんと考えて、損することはやらないという計算が働いていたけど、今はこんな大損しているわけでしょう? 大損してでもウクライナ侵攻をやっちゃうプーチンだと、「本当に核を使うんじゃないの?」と思ってしまいますよね。

それに、まさに先ほどおっしゃったようにドクトリンがあるから、いわゆるエスカレーション抑止〔威力を抑えた核を限定的に使用して敵国を威嚇し、戦闘継続のデメリットを敵国に認識させること〕として核を使うとなると、絶対に使えるわけですよ。それはまずいということで、みんな駆け引きをしているんです。

▲プーチン大統領 出典:Kremlin.ru(ウィキメディア・コモンズ)

停戦に向けて求められる政治的な駆け引き

小川(陸) 私は、プーチン大統領は気が狂っているわけではないとは思うんですけど、今は現状に合わせて行動を変える力よりも、ドクトリンになぞって行動していく力のほうが、やや強いかなと思うわけです。だから、現状(図表参照)のキエフ攻撃がうまくいかないからといって、それによって方針や行動を変えるかといったらそうでもない。

▲ロシア軍によるウクライナ侵攻の状況

ただ、プーチン大統領は以前から「ウクライナは国ですらない」という主張を繰り返していました。つまり、プーチン大統領から見れば、ロシアもウクライナも「同じロシア」であり、「ウクライナ=ロシア」なんだということですね。だとしたら「お前は“同じ国”の仲間に銃を向けるのか?」っていう話なんですが。

桜林 矛盾がありますよね、大いに。

小川(陸) それなら、仲間や親戚に銃を向けてきたことに関しては、もともと国防省が言っていたように「我々はウクライナを攻撃しているわけじゃない。そこにいるロシアに関係する人たちを守っているんだ。ウクライナを占領しているわけでもない」とでも主張すべきなんでしょうが、残念なのは主張に違いがあることですよね。

プーチン大統領が今後降りられるとしたら「“同じ国”の仲間をこれ以上攻撃してはいけない」という方向にもっていくことですよね。同じ国であるはずのウクライナにおいて戦闘をしているのは、ウクライナにいるロシア系住民を保護するという政治的な約束を果たすためではあるけれど。

一方、ゼレンスキー大統領は、プーチン大統領の言う「ウクライナは国じゃない」なんていう主張を呑むわけにはいかないので、ある程度は政治的な駆け引きに持っていかないといけない。その政治力を働かせないと、一般国民の命が失われる状況が続くことになります。なので、その点に関してはゼレンスキー大統領も、政治家としての手腕を発揮する必要がある気がしますけどね。

▲ゼレンスキー大統領 出典:President Of Ukraine(ウィキメディア・コモンズ)