今年の2月から始まった、ロシアによるウクライナ侵攻。市民にも大きな被害を及ぼしており、一刻も早い解決が望まれるが、多くのメディアが“ロシアは軍事的な劣勢に陥っている”と伝えている。

刻一刻と変わっていく戦況であるが、なぜこんなにも世界中から非難を浴びながらも、プーチン大統領はウクライナ侵攻へと進んでいったのか。そこには、彼が最初に大統領に就任した1999年からの動きを見るとよくわかるそう。

プーチン大統領が戦争が始まるまでに作り上げた大量の軍事力はもちろん、情報戦やサイバー戦を含めて侵略前後に起きたハイブリッドな戦い方を、渡部悦和元陸将、井上武元陸将、佐々木孝博元海将補の元自衛官3人が徹底的に分析する。

※本記事は、渡部悦和,井上武,佐々木孝博:著ロシア・ウクライナ戦争と日本の防衛(ワニ・プラス:刊)より一部を抜粋編集したものです。

国力の上昇がプーチン大統領に行動を起こさせた!

渡部 2014年のクリミア侵攻で、ロシアは国際的な非難を受けましたが、そのクリミア半島はロシアとウクライナが、対ポーランド協力を取り決めたペレヤスラフ協定締結の300周年記念として、1954年にロシアからウクライナに譲渡されたものです。

当時は旧ソ連の同じ構成国だったので問題なかったともいえますが、1991年のソ連崩壊で別の国になってしまったことで、領土問題となります。

▲ロシア連邦議会にて上下両院議員、地域指導者らを前に演説を行うプーチン大統領はクリミア編入を宣言した(2014年3月18日) 写真:Kremlin.ru / Wikimedia Commons

譲渡のとき、ソ連共産党第一書記で指導者の立場にあったのが、ニキータ・フルシチョフです。彼はウクライナを基盤にしていた政治家で、それでクリミアをロシアからウクライナに移譲させたと言われています。

プーチンにしてみれば、ロシアは嫌々譲渡させられたわけで、そもそもクリミアは自分たちのものだという認識です。クリミア併合は自分たちのものを取り返しただけのこと、というのがプーチンの認識でしょう。

佐々木 クリミアも自分たちのものだし、ウクライナもロシアの勢力圏としかプーチン大統領は考えていない。その認知を現実化するために、プーチン大統領は動いた。それを彼に決断させるだけの力がロシアにあったからです。

プーチンが最初に大統領に就任したのは2000年5月ですが、その直前の1998年にはロシア国債がデフォルトしたように、ロシアの経済はどん底でした。国力としてもどん底で、軍事力としての核兵器は保持していたけれども維持していくのが難しい、という状況でもありました。

渡部 あの状態が続いていれば、プーチンはクリミアにも、そしてウクライナにも侵攻できなかったはずです。

佐々木 ところが、大統領就任の2000年以降、石油の国際価格が急上昇していきます。ロシアは世界的な石油・天然ガス輸出国であり、「石油連動GDP(国内総生産)」と評してもいいくらいの石油・天然ガス依存経済の国で、農業や工業などの経済基盤が整わなくても、石油価格さえ上がればGDPが上がっていく国です。

そのためプーチンが大統領として登場して8年くらいのあいだに、一気に国力が上昇していきます。国力がついてくると、その力を背景にして、プーチン大統領は自らの安全保障観を具現化するための行動に移していきます。

プーチンの一貫した“自分たちに都合がいい”発想

▲プーチンの一貫した“自分たちに都合がいい”発想 イメージ:butenkow / PIXTA

2008年に起きたロシア・グルジア〔2015年にジョージアに国名表記変更〕紛争があります。親ロシア政権が民衆の蜂起によって倒れ、ジョージアが親欧米に傾き、NATOに加盟しようという動きを強めていきます。

するとプーチン大統領は、親ロシアである南オセチア自治州とアブハジア自治共和国にジョージアからの独立を宣言させ、そのための支援を要請されたからとの理由で、ロシア軍を平和維持軍として派遣します。今回のウクライナ侵攻と、まったく同じ論法(他の研究者によればナラティブ=自分たちに都合のいい話)なわけです。

渡部 まったく同じ論法を繰り返していますが、それがプーチンの一貫した発想であることを私たちは認識すべきです。

佐々木 2014年に親ロシアだったヴィクトル・ヤヌコーヴィッチ政権が倒れて、ウクライナ国内で反ロシアの機運が盛り上がっていきます。それを止めるために、ウクライナ東部の親ロシア勢力が強い地域が独立を求めており、ウクライナから迫害を受けている。それを支援するために派兵したというのが、今回のプーチン大統領の論法です。

▲ヴィクトル・ヤヌコーヴィチ 写真:Administration of the President of Ukraine / Wikimedia Commons

クリミアもそうですが、ウクライナ東部の親ロシア勢力が強い地域も、自然とそうなったわけではなくて、ロシアから移住した人たちにロシアのパスポートを出して、いつでもロシア国籍をとれるように優遇策をとっていました。いわば、市民を使った情報戦です。

クリミアでも、住民投票をやって97パーセントがロシアに帰属したがっている、という結果をつくりました。そうなるように、裏で情報戦を仕向けたわけです。

ここが肝心なのですが、我々が考えていることとまったく違うことを考え、仕掛けてくるのがプーチン大統領のやり方だということです。

ロシア・ジョージア紛争でも、ロシアはわずか1週間ほどで制圧してしまいます。その背景にあるのが、プーチン大統領が大量の軍事力はもちろん、情報戦やサイバー戦を含めてハイブリッドな戦い方を仕掛けたという事実です。

今回のロシア・ウクライナ戦争でも、成果は意図どおり得られてませんが、プーチン大統領はハイブリッド戦で挑んできているのだと、我々は認識しておく必要があると思います。