「シワが多いと頭が良い」「シワのない脳を持つ動物もいる」「薄くスライスしても神経回路は生きている」などなど、脳には信じがたい噂や事実がいっぱい! 巷にあふれている脳についての噂や信じがたい事実について、『脳を司る「脳」』(ブルーバックス)で講談社科学出版賞を受賞し、脳研究で注目を集めている毛内拡氏が語ります。
※本記事は、毛内 拡:著『脳研究者の脳の中』(ワニブックス:刊)より一部を抜粋編集したものです。
ヒトの大脳皮質は広げると新聞紙一枚分
私は脳の研究をしていますが、脳の研究方法にもいろいろあります。普段から自分が用いている研究材料や研究方法を紹介しつつ、研究の現場のリアルな実態について知ってもらえればと思います。
まずはじめに、動物実験はどんな動物の脳を利用するかが問題となります。もちろん、ヒトと類似している霊長類の脳を利用できれば、グッと理解が深まるとは思いますが、ヒトに近いぶん、研究倫理の審査が厳しく、また飼育や取り扱いも難しくなります。
一方で、昆虫などの無脊椎動物や、魚類などの比較的取り扱いが容易な実験動物も、ヒトと同様の基礎原理を持った脳を持つため、研究にもよく利用されます。どのような生体現象を解き明かしたいかによって、どういった種類の動物を利用するかを慎重に検討する必要があります。
ちなみに、動物の一種という枠組みで人間のことを指す場合は、カタカナでヒトと書くのが通例となっているようですので、そのように使い分けたいと思います。
研究を行うには、予算と期間の問題が避けては通れません。限られた予算のなかで、効率よく研究計画を遂行していくためには、実験動物の飼育にかかる労力が少なく、成長や繁殖のスピードが速いものが好まれます。
また、近年では、遺伝子を操作することで病気のモデルを作製したり、特定の遺伝子の関与を調べたりするという性質の実験も行われるため、遺伝子の操作のしやすさや、方法論の多様性が重要になります。
その点では、ヒトと同じ哺乳動物であるマウスや、無脊椎動物を代表してショウジョウバエ(果物に集まってくる小さなハエ)が採用されます。また、体が透明で観測が容易に行えることから、コイや金魚の仲間のゼブラフィッシュも利用されます。
そのほかにも、いかにユニークな動物で実験をするかが評価になるような学問分野もあり、生物学の研究は実に奥が深いと思い知らされます。
さて、哺乳類に話を限定して、脳を比較して見てみましょう。哺乳類とは、人間と同様、お母さんのお腹(子宮)のなかで育ち、生後はお乳を飲んで成長するタイプの生物です。
哺乳類の脳を見比べてみると、これが同じ脳なのかと驚きます。一見して、どれも脳だとわかる程度には類似していますが、よく見ると少しづつ違いがあります。
基本的には、どの脳の大脳皮質にも右脳と左脳があり、その下に小脳、そして脊髄につながる脳幹が見えています。ヒトの場合は、大脳皮質が非常に発達しているため、小脳は隠れて見えませんが、基本的な構造は一緒です。
一方、マウスやラットなどの大脳皮質にはシワがないのです。巷では、この脳のシワが多いほど「頭が良い」と言われていますが、それは誤解です。
このシワは、大脳皮質の表面積と頭蓋骨の大きさによって決まりますが、ヒトの場合は、大脳皮質を広げた際の表面積は、新聞紙一枚程度と言われています。それを頭蓋骨のなかに入れるためにシワができてしまいます。
霊長類のなかでも、コモンマーモセットではシワがないことが有名ですし、キツネの仲間のフェレットの脳にはシワがあることが知られています。
シワの有無と賢さには、あまり関係がないと考えていいと思います。