特技を持った芸人のありがたさ
理不尽だ。
私は東京に来て13年、家賃を滞納したことなど一度もない。はっきり言って、今まで生きてきて借金したこともない。ギャンブルもしないし、酒も飲まない、タバコも吸わない。
芸人の他にもアルバイトをしているから、少ないが貯金だってある。芸能の仕事は裏切るが、バイトのシフトは裏切らないことも知っている。破天荒の対極にいる私が、家族を成立させるにはこうするしかない。
流行りのクズ芸人とはわけが違う。そこらの正社員より精神は正社員だ。
そんな愚痴をこぼしていると、敏腕不動産芸人が心動かされたのか、私たちの希望に沿った、それでいて審査の通りやすい物件をなんとか探してくれて、やっと引越しが決まった。
不動産芸人、優しすぎる。
不動産芸人がいたら「引っ越し芸人」もいる。高倉引越しセンターさんである。連絡したら、次の日には家の前に荷造り用の段ボールが置いてあった。
新居に荷物を運べば、もう引っ越しも大詰め。ただ、新居のトイレにウォシュレットがない。熱湯レベルの熱いお湯で、最大の威力でぶち抜いて欲しいと思っている私は、ウォシュレットがなければ生きていけない。
どうしよう? と途方に暮れていると、ウエストランドの河本という男が目の前に現れた。
「みなみかわさん引越しするんですか? 僕、電気工事やらの資格持ってるんで、何かあったらやりに行きますよ」
「え? もしかして……ウォシュレットとか付けれる?」
「そんなの余裕です。うちの会社にウォシュレットの在庫あるんで、つけに行きますよ。言ってください。」
河本くんは、まさかの優しすぎる「ウォシュレット芸人」だった。となると、その気になればバイクが壊れたときだって、どこかに「バイク整備芸人」がいるはず。
体を鍛えたいと思ったら「パーソナルトレーナー芸人」も。確定申告のときの「税理士芸人」だって。そうだ投資をしよう! と思ったときも「投資芸人」がいるはずだ!!! いや、ここだけ今は息をそっとひそめているかもしれない。
事務所の壁はあれど、我々は芸人という不思議な紐で大きく結びついている。
その昔、芸人を辞めたくて元芸人のサラリーマンに相談したら、真剣な顔つきで「会社に入るとわかりますけど、会社って冷たいですよ。芸人がちょっと優しすぎるんで、慣れてるとツラいですね」と言っていたので、辞めるのをちょっと先送りしたもんだ。
芸人は身内に甘いねって言われるけど、そりゃ甘いのだろう。同じ事務所でもない人間に、ウォシュレットを付けに来てくれる優しさがある世界なんだから。
(構成:キンマサタカ)