満面の笑みを残した最期の1分
8月16日は、父親が溺愛していた姪っ子の3歳の誕生日。誕生日を悲しい日にさせてはいけないと粘ったのかもしれない。病室に集まった家族の前で。「じいじ、お体良くなるといいね〜」。眠っている父親に姪っ子が話しかけると、みんなは笑いながら泣いていた。
翌日の昼過ぎ病院からの電話。容体がかなり悪くなっているので、早く来てくださいとのこと。急いで父親の車で病院に向かう。赤信号で止まるたび涙で前が見えなくなる。
病室で俺が目にしたのは、ひどく汗をかき、呼吸がいつもより早くなって苦しそうな父親だった。俺たちにできることといったら、その汗を拭いてやることくらい。夕方になると血圧が下がり、医師から「回復は難しい」と伝えられる。そして「今はまだ意識があるから、最後の言葉をかけてあげてください」と。
家族全員で泣いていた。
「お父さんありがとう!」「親父ありがとう!」「楽しかったよ!」「俺たち幸せだったよ!」「本当に本当にありがとう!」
厳しく育ててくれてありがとう。家族のために仕事を頑張ってくれてありがとう。小学校1年のときにイジメから救ってくれてありがとう。
すると、苦しそうだった父親が、急に「ニコー」と満面の笑みを浮かべたのだ。
「聞こえてるんだ! お父さん聞こえてるんだね? ありがとう! 家族みんな楽しかったよ〜! 幸せだったよ!」
時間にして1分ほどだったか、父親は満面の笑みでみんなの言葉に応えていた。たぶんもうダメだと父親も理解していたんだと思う。最後の力を振り絞って笑顔で応えてくれたんだろう。そして血圧がどんどん下がっていった。夜になり、妹の旦那が眠たそうな姪っ子を連れ、最後の別れを言って帰っていった。
病室には、俺と母親と妹、そしてかろうじてまだ呼吸はしている父親。
久しぶりの家族4人の団らんの時間は、悲しいものだったが、父親との思い出話をたくさんした。日にちが変わり8月18日午前0時30分、父親は帰らぬ人となった。