ネタ作り中に遭った東日本大震災

そりゃそうだろう。

名前を出せば誰もが知っている国民的女優を何人も抱えている事務所だ。1ステージ数万円の売り上げしか立てられない芸人に、人員と労力を割くわけにはいかない。売れるか売れないかは全て実力だと思っている。だから、R-1のチャンスを逃したのは俺の実力不足でしかない。

この頃、『あらびき団』や『リンカーン』といった番組に出ることはできたが、大きな爪痕を残すことはできず、2度目のプチブレイクもさざ波程度で終わることになる。このまま、しがない芸人として人生を終えるのだろうか。

いや、そんなわけはない。そうだ、2度目の単独ライブをやろう! そう決めた俺の心は浮き立った。人間はやはり目標があると頑張れる。

さっそく事務所に話をして、キャパ300人の渋谷の会場を押さえた、その帰り道のことだった。渋谷のオープンカフェで、アイスコーヒーを飲みながら単独のネタを考えていた俺は、小さな異変を感じた。やがて、それは今まで感じたことのない強い揺れに変わった。

飲んでいたコーヒーはひっくり返り、ビルの階段からは悲鳴をあげながら大勢の人が駆け降りてくる。外を見ると、高層ビルが見たことのない角度でグラングラン揺れている。そう、東日本大震災だ。

そこから何度も余震で揺れる。家まで歩いて帰ったが、その時点では事の重大さに気づいていなかった。そういえば、芸人仲間と飲みに行く約束があったなと思っていたら、地方にいる友達から「大丈夫?」「大変なことになってるね!」という心配のメールがたくさん送られてきた。

テレビを見て愕然とする。街を襲う津波、飲み込まれる車。そして原発の爆発。そこからしばらく、家でずっとテレビを見て過ごす日々が始まった。芸人の仕事が全くなくなったからだ。

コロナ禍の現在でも感じているが、改めて芸人なんて職業は戦争や疫病、震災などが起きたら一番最初になくなる仕事なんだと思う。人々の暮らしが円滑に回って、経済や政治が機能して安心して暮らせる世の中だから成り立つ職業だ。俺たちの仕事は、人々の笑顔の上に成り立っているんだろう。