日常生活を制限されずに生活できる期間を「健康寿命」と言いますが、この健康寿命の延伸において注目を集めているのが、人間の染色体の末端にある構造で、染色体同士がくっついたりしないように保護する役割「テロメア」。

テロメアは細胞分裂のたびに短くなり、ある程度まで短くなると細胞は分裂をやめてしまう。そう考えると、長生きをするためには、テロメアを長く保つことが必要となってきますが、そこには生活習慣が大きく左右するそう。

では、悪習慣は実際どのようにテロメアの長さに影響してくるのでしょうか?ハーバード大学、ソルボンヌ大学の客員教授を務める根来秀行氏が、なぜ喫煙や肥満、ストレスがテロメアを短くしてしまうのか、その仕組みを解説します。

細胞にしっかり呼吸をさせることが大切

内部環境を細胞にとって最適な状態に保つことがテロメアの浪費防止につながります。この内部環境について、少しくわしく見ていきましょう。

内部環境を最初に提唱したのは、19世紀のフランスの生理学者クロード・ベルナールで、私が勤めるソルボンヌ大学医学部の大先輩でもあります。ベルナールは、人によって食事の内容が異なるのにもかかわらず、血液の組成はほぼ一定していることに気づきます。

そして、「からだには、外部環境の変化に対応して内部環境をできるだけ一定に保とうとする仕組みがそなわっている」という考え方を提唱しました。ベルナールは今日、「生理学の父」と呼ばれています。

その後、20世紀に入って、アメリカの生理学者ウォルター・キャノンはベルナールの考えを発展させ、内部環境を一定に保とうとする仕組みを「恒常性(ホメオスタシス)」と命名します。ホメオスタシスは、ギリシャ語の「homeo(同一の)」と「stasis(状態)」を組み合わせた造語です。

内部環境で暮らす細胞には毛細血管を介して水分、栄養素、酸素などが届けられます。細胞はそれらを取り入れて細胞呼吸を行った後、水分、老廃物、二酸化炭素を内部環境へと放出し、それらが毛細血管やリンパ管を介して回収されていきます。

毛細血管やリンパ管がしっかり機能し、効率的な細胞呼吸が行われれば内部環境はきれいに保たれますが、これらのバランスが崩れると内部環境は乱れていきます。内部環境が乱れた状況が続くと、体調不良や病気につながっていきます。

恒常性にはからだのさまざまな組織や器官、はたらきが関わっていますが、とくに重要なのが細胞呼吸です。

「細胞呼吸」という言葉を、はじめて聞いたという方もいるかもしれません。

通常、呼吸といえば、息を吸って吐く呼吸をイメージするかと思います。これを、「肺呼吸」または「外呼吸」といいます。

肺呼吸によって体内に取り入れられた酸素は、食事から取り入れられた栄養素とともに、毛細血管を通って全身の細胞に運び込まれます。

すると、細胞内にあるミトコンドリアが酸素と栄養素を用い、ATPというエネルギーの「もと」を産生します。このように、ミトコンドリアが酸素と栄養素からエネルギーのもとを生み出すプロセスが「細胞呼吸」です。肺呼吸は、この細胞呼吸を行うために、行われているとも言えます。

ちなみに、ミトコンドリアは1つの細胞の中に数百~数千も存在していますが、心臓や肝臓、筋肉、神経など、エネルギーを大量に必要とする組織の細胞ほどミトコンドリアが多く存在しています。

運動をしているときも、仕事をしているときも、家事をしているときも、ソファに寝転がってだらだらとテレビを見ているときも、私たちのからだはつねにエネルギーを消費しています。

そのエネルギーのもとであるATPはストックができず、通常は産生して1秒以内に消費されてしまいます。そのため、ミトコンドリアは不眠不休で細胞呼吸を行い、ATPを生み出しつづけています。ミトコンドリアが1日に産生するATPの量は体重と同程度。ミトコンドリアは、体内一のはたらき者といっても過言ではありません。

▲24時間365日絶えずATPを生成している イメージ:ろじ / PIXTA

自分の体の中を“汚染された海”のようにしてはいけない!

ただ、そんなはたらき者のミトコンドリアも、老化や喫煙、肥満、ストレスなどが原因で作業効率が下がったり、数そのものが少なくなったりすることがあります。すると、細胞呼吸の効率が低下して細胞は酸欠およびエネルギー不足となり、はたらきが鈍ります。

これが筋肉細胞で起これば肩こりや腰痛に、真皮の線維芽細胞や真皮幹細胞で起こればシミ、シワ、たるみにつながります。

そのなかでも深刻な被害が予想されるのが脳です。

脳細胞はエネルギーを大量に消費します。酸素の供給が5分間止まるだけで細胞が壊死するほど酸欠に弱いのです。脳の疲れは全身に影響をおよぼし、さまざまな不調となって現れます。

また、ミトコンドリアには、アポトーシス(細胞死)を促す物質(チトクロームC)などが貯えられており、これが放出されると、アポトーシスがすみやかに実行されます。

アポトーシスは、からだを異常やがん化から守るための自衛手段のようなものです。

ミトコンドリアの質や量が低下すればアポトーシスが促されず、本来ならすみやかに除去されるべき異常細胞が、いつまでも体内に存在しつづける可能性があります。異常細胞が長く居すわれば炎症性サイトカインが放出され、慢性炎症へと発展するかもしれません。

さらに、ミトコンドリアが劣化すると、テロメアを短くする3大原因の1つである活性酸素やフリーラジカルが大量発生します。この活性酸素も慢性炎症の引き金となることがあります。

以上のような事態が起きれば、内部環境の悪化は避けられません。汚染された海では魚もサンゴも満足に生存できないように、〝内なる海〟である内部環境が悪化すれば、そこで暮らす細胞は弱るいっぽうです。

その先には、1つの不調が病気へとつながり、その病気がまた別の病気へとつながって老化もどんどん進むという、まるでドミノ倒しのような展開が待ち受けています。

そんな最悪のシナリオが現実になるのを食い止めるには、まずは細胞呼吸を立て直すのが有効です。そして、細胞呼吸の立て直しのカギとなるのが、毛細血管、自律神経、ホルモンです。

▲細胞呼吸を立て直すには毛細血管、自律神経、ホルモンが重要 イメージ:earslan77 / PIXTA